第19話 未来は見えている

信じられなかった。

何せ、昨日まで会話をしていたはずの相手だったはずなのだ。

血だまりの中に沈む鏑木は全く動かず、苦悶の表情のまま天を仰いでいる。

「これでわかっただろゥ?お前たちはオレから手を引くべきだって。邪魔ァすんならお前らの家族から殺すぞ」

これは脅しだ。

最後通牒のために、鏑木の命を利用されたのだ。

「…一つ聞いてもいいかな」

「何だァ?」

「一哉の隣人だって人を殺したのも、そういう警告のつもりだったの?」

「当たり前だろォ。ただそいつが才能<ギフト>持ちだって知ってたから襲撃しただけで、才能<ギフト>持ちじゃなきゃ死ななかったかもなァ」


まるで才能<ギフト>持ちであることそのものが悪いというように。

才能<ギフト>など持っていなければ、死ななかったというのに。

「お前たちの生こそが罪。だからオレはそれを罰する者だ」

いつの間にか、男は右手に持ったナイフをくるくると回している。

不思議と、そのナイフに視線が引き寄せられる。指よりは少し長い程度の、小さなナイフだ。

ズドン。

小春の隣で、衝撃音が鳴る。見れば、紬が指先をその男に向けていた。


「おー、危な」

「今から増援を呼ぶ。もう顔は記憶してあるから、特徴さえ伝えればあなたは追われる立場になる。もう6人殺してる。指名手配になって、日本中から追われることになるかもね」

「聞こえなかったのかァ……?」

男がナイフを投げる。その瞬間、小春の視界が暗転する。

ナイフが頭に突き刺さり、そのまま倒れ込むという予知だ。

視界が戻る。

飛んできたナイフの速度は、それなりだった。だが、相対している紬を狙わず、あえて小春の方から狙おうという魂胆は、小春にはお見通しだ。見え見えの軌道で、避けることは容易かった。


一方で、『もし当たってしまえば自分は死んでしまっただろう』というような恐怖だけは、どうしても抑えることが出来ない。

心臓が早鐘のように激しく鼓動する。冷や汗が止まらない。緊張で、視界までブレ始める。

「おぉ。そこのガキを狙ったつもりだったが、よく避けたなァ。だが次は無えぞォ」

見れば、いつの間にかナイフが男の手元に戻ってきている。

再び、くるくると回るナイフへ視線が寄せられる。

小春は、またも予知を見る。ナイフが飛んできて、小春の首筋あたりに命中する。しかし、そのナイフは『左手側』から飛んできていた。


男は右手のナイフに視線を誘導し、あえて左手から投げてそれを命中させる。

だが、そんな事は全て『未来で見えている』。

種が割れてしまえば、単純な視線誘導に過ぎない。

左手側から飛んできていることが見えたのなら、それを意識して避ければいいだけだ。

「……っ!」

だが、完全に避けることはかなわず、少しだけ掠ってしまう。掠った先からわずかに血が流れ、傷口を押さえていた手に血がじわりと広がる。

「お前ェ……さっきの視線誘導も効いてたように見せて、しっかり避けてんじゃねぇかァ……」


「こっちも無視しないでよね!!」

バチバチと激しい音が広がる。雷が、男に向けて一直線に飛んでいく。

「……てめェ!!!」

「小春を人質にでもしようと思ってたんだろうけど、甘いよ。小春には……未来が見える力がある。あなたの攻撃が当たることは…ない!」

強く豪語する紬の姿を見て、男は激しく頭を掻き始める。

「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなァ!!未来予知だァ!?イカサマだチートだズルだ!!!お前はいいよなァ便利な才能<ギフト>持っててなァ!!!さぞや何の苦労もなく生きてきたんだろうなァ!?」

「それは……」


白川小春の人生は、苦労だらけだ。

両親が亡くなってからずっと、援助こそ受けながらも学校にも通えない程お金もなく、普通の人間が送るような青春すら、彼女には送る予知すらない。

日常においても持ち前の不幸体質のせいで何度もトラブルに巻き込まれ、道を歩くのさえ気を付けなければいけない日々。

決して自分が不幸せだとは思っていない。だが、『何の苦労もなく生きてきた』と勝手に決めつけられてしまうのは、何よりも。これまでの人生を否定されてきたようで、たまらなく不愉快だった。


「しょうもねェ反論なんて聞く気はねぇぞ!皆苦労してるんだとか、苦労してない人間はいないとか、そういう子供騙しの言葉は聞き飽きたァ!皆、って誰だァ!?誰とも知れねえ虚像に自分の主張を語らせてんじゃねェ!!」

一方的にまくし立ててくる男に、小春は何も言えなくなってしまう。いや、何も言う気がないのだ。

この男とは、話が通じ合う気が無い。

こちらの話を聞く気が、最初からないのだ。


やるしか、ないのか。

小春はそっと、カバンから一丁の銃を取り出した。それは、護身用にとずっと持たされてきた拳銃だ。

小春の才能<ギフト>はあくまで未来を予知するということこそ出来るものの、それ以外に自分の身を守るということが出来ない。

つまりは、自衛のためには武器が必要なのである。

いくら今の時代の法律では武器や刃物の形態が許可されているとはいえ、誰かを傷付けたくない彼女が、それを取り出すことは一度もなかった。


使い方は理解している。そして、それを使えばどうなるのかも理解している。

一瞬にして、相手の命を奪いかねない凶悪な代物だ。

あまりの重みに、腰が引けそうになる。

だが、ここで立ち止まってしまえば、自分も危ないし、何より隣の紬だって危ない。

男に向けて狙いを定める。

手がガタガタと震えて、銃弾だってどこに飛んでいくのか全くわからない。


パァン。

渇いた音が空を切る。

銃弾はデタラメな場所に飛んでいき、やがて近くの地面に向けて着弾した。

「ヒャハハハハハハ!!お前それ使い方わかってねぇだろォ!?当然だよなァ、見るからに甘ちゃんなお前に、そんな人殺しの武器の使い方なんて、わからないだろうなァ!?」

男はすっかり勝ち誇っていた。

何せ、目の前の少女は持ち前の才能<ギフト>でのうのうと生きてきた、戦いの場に立つ資格もないような人間。

そんな相手を殺すなど、造作もないはずだ。そのはずだったのだ。


勝ち誇っていた男の背に、何かで打たれたような衝撃が走る。

「あ…がァッ!!??」

助けに来た何者かの存在を確認して、小春は少し安心したように、そっと銃を下ろす。


「…犯罪者がいたと思えば、あなたと新入りが戦っている所でしたか」

「姉さん……」


「その名で呼ぶなと言ったでしょう、"紬"」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る