第18話 対峙
「はっ……はっ……」
何日も前から、何度も何度も見ていた「赤い血の予知」。
それが、目の前に迫っている気がして。
心臓が激しく鼓動する。立っていられないほどの苦しみに、小春は襲われる。
「……小春?」
「つむ、ぎさん……。実は……この先に、いそうなの。例の事件の、犯人が……!」
「ほんと!?早いところ、一哉と悠希にも連絡を」
「いや…それは。やめた方が……いいかも……!」
呼吸を整えながら、何とか伝える。
この先でもし一哉と悠希を呼んでしまえば、本当に『あの予知の通りになってしまう』かもしれないと。
小春の予知は、外れたことがない。
予知を知って結果を変えようとしても、その過程がわからずに変えられないこともある。
だからこそ、今は慎重に行動すべきなのだ。
だが、その状況がかえって、彼女の心に強い焦りと不安を生み出している。
あと一歩動けば、その瞬間『例の予知』が実現してしまうのではないか?と。
あと一歩動けば、全員が殺されてしまう予知が実現してしまうのではないかと!
「小春。流石に私達だけで対処は出来ないと思う。だとしたら、中川さん?あの人に電話をしてみてもいいかもしれない」
「……そうだ!」
予知の中に、中川と名乗る男の姿はなかった。だとすれば、あの人に連絡を取れば……。
「ごめん、繋がらないみたい」
現実はそう甘くはなかった。
数回鳴ったコール音の後、デバイスから流れてきたのは無機質なアナウンス。
アナウンスに応じて要件を言おうにも、紬はどう伝えていいのかわからず、そのまま通話を切ってしまった。
そのまま、ゆっくりと歩を進める。
近づけば近づくほどに、嫌な気配が近づいていく。
逃げ出してしまいたい。今すぐにここから立ち去って、報告をすることを優先した方がいいか。しかしそれでも、この気配の先にあるものが、もし"自分の大切な人だったら"。
そんなことを考えてしまえば、動きだす足を止めることが出来なくなる。
ふと、小春はぬかるんだ何かに足をとられ、上手くその先に進めなくなってしまう。
目線を落とし、その正体を確認する。
「…っ!ひっ………」
声が漏れる。
ぬかるんだもののその正体は……それが大量の血液だったと理解するのに、数秒の時間がかかった。
予知で何度も見た光景だったが、実際に見てしまうと、それが『現実である』という認識で、より恐ろしくなってしまう。
「小春っ!?……何これ……!酷い……!」
紬もここに続こうとするが、あまりの光景に前に進むことができない。
何度か犯罪者に相対している紬ですら、ここまでの地獄は経験していないのだ。
小春は恐る恐る紬の方に振り返る。顔を青くし、口を手で押さえる紬。きっと、自分も同じような表情をしているのだろうと、そう思った。
ペタペタと、血の水たまりの中で歩く足音が、小春たちの元に近づいてくる。
「ヒッ……ヒヒヒッ……」
最初は、それが人間の笑い声だとはわからなかった。まるで窓ガラスを爪で引っかいたような不快な音声に、2人の背筋がゾワリとする。
現れたのは、中背で痩身の、白い帽子を目深に被った男だった。
無地のスウェットを纏ったその姿は、一見すると街のどこですれ違ってもおかしくないような平凡なものだ。
だが、帽子で隠された中からもギラギラと光るその瞳だけは、異様な雰囲気を纏っていた。
「ヒッ……ヒヒヒッ……会いたかったぜェ……異能力探偵社、『CRONUS』さんよォ……」
「……待って、私達のことを知っているの!?」
心臓をふいに掴まれたような、極度の緊張。少しでも気を保っていなければそのまま気を失ってしまいそうなほどに、全身がこわばり始めた。
「知っているさァ……何せ、オレのことを嗅ぎまわっていたんだろゥ……?でも寂しいよなァ。ヒヒッ…オマエたちオレのこと全っ然見つけてくれないから、殺す予定もないヤツのこと2人も殺しちまったよォ……」
帽子が取られる。帽子の下の顔は、目だけが獣のように異様にギラギラと光っている以外は、案外平凡なものだった。
「何が目的?私達のこと挑発するようなメッセージまで作って。一体何がしたいの!?」
「何がしたいの…だってェ……?」
男は片手に持っていた帽子を乱暴に放り投げる。血の水たまりの中で、白い帽子が赤黒く染まっていく。
「この世は能力者ばかりが持ち上げられる世の中ァ!何も才能のねェオレは誰にも認められる事はなかったァ!!オレの…オレたちの目的は能力者の殲滅だァ!才能<ギフト>なんて持ってる連中、全員オレたちを見下してるクソみてェな連中なんだよォ!!!
オレたち『無能<パワーレス>』こそが正しい!テメェらが全員才能<ギフト>持ちなのは知ってんだよォ!!」
無能<パワーレス>。
それらは、才能<ギフト>持ちが増えてきた頃。小春や紬が子供だった頃に使われ始めた、差別語だ。
下品な言葉だとして最近は使う人間こそ減ってきたものの、一時期は才能<ギフト>が無いというだけで馬鹿にされる人間が多かったということを、小春と紬は強く実感していた。
また、才能<ギフト>のない人間は就職にも不利だという風説まで、広がり始めていたのだ。
おそらく、この男はそういった風潮に耐えきれなかった、はみだし者なのだろう。
あの謎のメッセージも、『無能<パワーレス>』に対する風当たりの強さに対する、反逆のようなものだったとすれば、合点がいく。
だが、殺された人々が直接彼を嗤っていたりなどしただろうか?
それらは小春や紬にとっては単なる想像でしかない。だが、殺された人々が、目の前の殺人鬼よりも悪人だとは、2人にはとても思えなかったのだ。
「だが手ェ引いてくれんならこれ以上殺しはしないって約束してやる。お前らに顔見られたからなァ。だからこれでWINWINだろォ?オレだってムショで臭い飯は食いたくねぇもんでなァ。」
「…そんなことしたら、殺された人たちが浮かばれない。それに、そんなこと、私達じゃ……」
「ヒッ……」
食ってかかる小春に対し、男は狂気的な笑みを浮かべる。
「"これ"、見てもまだそんなこと言えるのかよォ……?」
それは、男からはかなり距離のある場所にあったので、ずっと見えていなかった。
そうだ、小春も紬も、今『誰』が殺されたのか。それまでずっと把握すらしていなかったのだ。
「嘘、でしょ……!?」
そこには、苦悶の表情を浮かべながら倒れる男の姿があった。
綺麗に整えられた髭こそ小春にも見覚えがあったが、よく知る穏やかな表情の面影は、もうその『遺体』にはなかった。
「かぶ、らぎさん……!?」
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