第17話 『お嬢様』

「納得いきませんっっっっ!!!!」

ガン、と壁を蹴る音と共に、叫び声が会議室にこだまする。

「あなた抜きで話を進めたのは申し訳なかったです、しかし。僕たちの力だけではどうも……」

「私達だけで充分だというのに協力者ですって?しかもあの出来損ないがいる組織で!?ありえません!足手まといを増やして何になるというのです!!!」

「案の定お怒りのようですね」

「京太郎もそれをわかった上で相談に行ったんだから、それはもう仕方ないだろ」

奏の様子を横目で見る2人は、そんなことを呟く。


久遠寺奏は焦っていた。

なおも被害者が出続けるこの事件。目立つ血文字を残しているというのに、証拠の一つも見つからないという事実に。

自分抜きで話を進めたということ。協力者がよりにもよってあの"出来損ないの妹"であるということ。

全てが不愉快でたまらなかった。

何もかもが、彼女の神経を逆撫でするには十分だった。


「そうやって壁に八つ当たりをしていても、もう決まったことなんですから仕方ないです。それに、一緒に行動するというわけでもないのですから普段通りに動けばいいんですよ」

「…そういう問題ではないんです!!!」

そう叫ぶ奏の目には、涙が溜まっていた。

「そういう……そういう問題ではないんです!!!!」

そのまま、奏は会議室を飛び出しにいってしまった。

中川には、その様子がまるで泣きじゃくる子供のように映った。


「想像以上に拗れてるみたいですねぇ」

「理解できないわね」

デイジーが相変わらずの無表情で、中川に向き直りながら呟く。

「仕事に姉妹の確執やコンプレックスといった私情を持ち込むのは、そこに対する態度として相応しくないのでは?」

「…まああなたはアンドロイドですからねぇ。色々あるんですよ、彼女には」

「アンドロイドであろうと何であろうと、です。人間の感情というのはよくわからないものですね」

彼女には人間の感情の機微がわからない。

それは彼女が無知というわけではなく、彼女自身が「そういう」存在だからだ。


「あ、そうだ京太郎。壁の修繕頼むわ」

「やれやれ、私の才能<ギフト>があるとはいえ、あちこち物壊されたらたまったものじゃないですね」

京太郎の才能<ギフト>は、「修繕」の才能<ギフト>。

壊された物を一定のところまで修復できるというものだ。

応用次第では人の傷を治せたりもできるが、当然死んだ人間を生き返らせることは出来ない。

奏の蹴りですっかり凹みが出来てしまった壁は、たちどころに修復された。


「便利だよな、その能力」

「便利ですけど色々不便も多いですよ?原型がないほどに破壊されたものの修復は出来ませんし、せいぜい出来るのは「修繕」くらいです」

「それでも便利なことには変わらないっての。アンタがいなかったら、設備破壊しまくって何枚始末書書かされることになるかわかんないよ?」

「そう…ですね。はぁ。ほんと、あなたから言われた「ワガママお嬢様」っていうのが、妙にしっくりきすぎて困りますよ」

久遠寺奏は代々警察官を務める家系だ。

奏の前の代で才能<ギフト>が発現し、以降は異能力対策課に配属されることになったのだという。


中川は、そんな久遠寺家の分家の出身であった。

幼い頃から誰かを支える為にと生きてきた彼にとって、今のこの状況は、当然のことでありながらも、どこか歪みを抱えているような、そんな風に感じられた。

「で、どうすんの?『お嬢様』、あの感じじゃ一生機嫌直んないよ?」

「どうすればいいんですかねぇ。というか、広夢さんも少しは手伝ってくださいよ。あなたの方が歳近いんですから、色々通じやすい部分もあるでしょう」

「ダメ。オレあの子に嫌われてっから。つーか、京太郎以外に心開いてないでしょ。『お嬢様』迎えに行けるのは、あんたしかいねえよ?」

「はいはい。行ってきますか」


「デイジーちゃんは待ってる間オレとお話しよっか」

「広夢さん。多分あなたそういうところが奏に嫌われているのだと思うわ。馴れ馴れしくされるのが、彼女はきっと苦手なのよ」

「ごめんオレにはよくわかんねーわ」

広夢は興味がないとばかりに、すぐに黙って本を読み始めた。


屋上は、日差しが照り付けてとても長居出来るような環境ではない。

それでもなお、そこに飛び出していったということは、よほどあの会議室にいるのが嫌だったのだろう。

そのようなことを考えながら、京太郎は屋上への階段を上がっていく。

階段を一歩一歩進むたびに、汗が顔に滲んでいく。

ポケットから飛び出したハンカチで汗を拭いてから、屋上への扉を開いた。


「…なんですか」

泣きはらした目で京太郎の方に向き直って来た奏の顔は、まるで20歳の大人とは思えず、幼い子供のようであった。

「あんな風に飛び出してきたものですから追いかけてきたんですよ。僕くらいしかあなたとコミュニケーション取れませんしね」

「……わざわざ私に構うことはありません。早く戻ってください」

「そっちこそそんなに拗ねないでくださいよ。もう子供じゃないんですから」

そう言うと、奏の泣きはらした目から、また涙が零れてきた。


「私は…こんな子供みたいな自分が……嫌なんです……。感情も抑えきれなくて、自分の都合でしか物事を考えられなくて……、この間。紬に会った時も思ったんです。あの子は、私より出来ないのに、私より実力もないのに。それでも私よりもよほど立派にやれていました。それが何ですか?私の方が年上だというのに。どうして。どうして私はこんなにも……」

言葉が出なかった。京太郎は、彼女が『ワガママなお嬢様』として、振る舞っているものだと思っていた。

だが、それすらも彼女の一側面にしかすぎず、実は、そんな自分にまで、自己嫌悪を覚えていたのだと。


「人間の成長なんて、人によって速度が違うんですから。奏さんはまだ少し遅れているだけですよ。20歳なんて、まだ子供みたいなものです」

「…わざわざ慰めの言葉などくれなくても」

「いえこれは本心ですよ」

「……うっ……あなたは……本当に……。どうして……こんな私を見捨てずに……」

そのまま、泣き続ける奏の背中を、京太郎はそっと撫でた。


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頭に、ズシリと激しい痛みが襲う。

紛れもない、未来予知だ。だが、その先にあったのは。そこで見たものは。


見渡す限り赤黒い血だらけの、まさに血の海。

その先に沈んでいたものの正体を、小春は見ることができなかった。

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