第22話 長い夜

眠れない。

予知でショッキングな夢を見ることはあれど、眠りそうな時にそれがフラッシュバックしてくるようなことはなかったし、『現在で』あのような悲惨なことが起きたということ自体が、小春にとっては初めての事だったのだ。

「……どうしよう」

ふと寝転がると、両親の写真が飾られた祭壇が見え始める。

小春は、両親の最期には立ち会ったことがない。

だから、自分にとって知る人の最期に立ち会ったのは……鏑木のことが、初めてだったのだ。

あの人のことはよく知らないけれど、優しい人だった、と思う。


「………寂しいなぁ」

小さな呟きが、夜の蒸し暑い空気の中に溶けていき、そして小春の長い夜の時間が過ぎていった。


「……ふぁぁ」

大きなあくびをしながら、事務所へ向かう準備をする小春。

髪はぼさぼさで、目は半開き、目の下には濃い隈を作り、口はだらしなく開いている。

少なくとも紬にはこんな姿見せたくなかったが、身だしなみを上手く整えるのも難しいほど、激しい眠気に襲われてしまっていた。

「結局昨日は眠れなかったな」

あれから、眠ろうとすると。鏑木の死に様や、男の狂ったような笑い声や、様々なものがフラッシュバックしてきて。

結局、眠ることそのものを諦めた。


その結果がこれである。今すぐにでも横になればそのまま瞼が閉じ切ってしまうだろう。そもそも、思考力もまともにあるのか怪しく、現に今も気づいたら歯ブラシではなく箸で歯を磨きそうになっていた。

「どうしよう、今日はお休み……」

そんなことが頭によぎるが、小春は何とか事務所までフラフラした足取りで向かった。


「おはようございまーす」

「おはよう小春…なんか、眠そうだね」

「うん、あれからあんまり眠れなくて。…紬さんは大丈夫?」

「大丈夫、だけど……。まあでも、よくあるんだよね。ショッキングな事件があった後は眠れなくなっちゃうの。今日はあんまり無理しちゃダメだよ」

そう、ショックで眠れなくなるとかフラッシュバックが起こるとか、そういったことは人間としては正常な反応なのだ。

ましてや、彼女は直接「見てしまった」。

「やれやれ、寝ぐせがまだついているぞ小春クン。本来なら無理に出勤させようとも思わなかったんだがね。とりあえず出勤してくれたならありがたいさ。…とはいえ」

華月は覗き込むようにして、小春の顔を見る。


「これだけ眠そうな顔してるんだ。下手したら一睡もしてないんじゃないか?とりあえずここのソファでいいから少しは寝たまえ。こんな様子じゃ仕事にならない」

「ふぁい……」

頬を何度かつままれながら、小春は弱弱しく返事する。

「わざわざ来たのに寝かせるって、それ意味あるんです?」

「睡眠不足はパフォーマンスの低下につながる。休むのも立派な労働のうちの糧だ。長時間働けばいいなんて価値観は100年前で終わっているからな、一哉」

「何でアンタが100年前の価値観知ってるんですか…」

そうは言いながらも、華月の提案そのものには、一哉は一切反論しなかった。


小春がすうすうと寝息を立てて寝始めたのを見届けてから、表情を変えて紬が着席する。

「…君。前から思ってたけど小春さんと接する時だけ顔違うよね?」

「一哉。今はそういう冗談言ってる場合じゃないから。とりあえず、問題の下手人に逃げられたっていう件だけど……」

「何か才能<ギフト>でも使ったやつがいたかもしれない、っていう話だったな。それも本人ではなく、第三者が介入しているならその第三者も探さないといけない」

「あれだけの電圧を浴びせたら普通動けないからね。間違いなく本人だけの力じゃないと思う。だとしたら……」


「あれが組織的な犯行だとしたら、想像以上に厄介なことになる」

「単なる殺人犯じゃない、と?」

紬はある一つの可能性を考えていた。

「能力者を殺害して、『お前の生こそが罪だ』なんてメッセージを血文字で残しておいて、それが何かの思想によるものじゃないって、そんなことあると思う?って思ってさ」

「うむ、それは僕も考えていたぞ。だが僕は一人の狂人によるものだと考えていた。そうか、組織的犯行か……」

現在、才能<ギフト>を持たない人類は全体の2割。少ないといえば少ないが、才能<ギフト>を持つのが当然だと言えるほどは少なくないというのが現状だ。


だからこそ、才能<ギフト>持ちそのものに反感を持つものは少なくない。

「……組織的犯行ね。あり得ない話じゃないけど。そうだった場合どうすりゃいいの?」

「あまりにも厄介な組織だった場合は、残念ながらここから手を引かなきゃいけないかもしれない。私だって、鏑木さんには何度かお世話になったから、仇取りたいって気持ちはあるんだけどね…」

「仕事に私情を持ち込んじゃいけない。そうだよな?」

「うん。むしろそうだからこそ手を引かなきゃいけない、ということまであると私は思うんだ」

紬は考えていた。

一人で突っ走っていってしまっては、結局悲劇は避けられないのではないかと。


結局、小春の予知もまだ『自分たちが死ぬ』という方向で向かっているのかもわからない。

あるいは、手を引くという形で更なる惨劇が起きる可能性も否定できない。

「…ツムツム?なんか難しい顔してるけど」

「難しい顔にもなるよ。…この後、どうしたらいいかわかんないんだよね」

「そりゃオレにもどうしたらいいかわかんね。オレが答え出すってわけにもいかないじゃん?」

確かにそれは正論だ。だが、一人で考えても答えは出ない。


「悩んでいるなら一人でいる時にでも相談は乗るぞ。何、君はまだ区分としては子供にあたるからな。大人としていくらでも君の話は乗ろうじゃないか」

「まったく、こういう時の華月さんほど頼りになるものはないね」

「何言ってるんだいつも頼れるだろ!?とはいえ、頼ってくれるのは嬉しい。小春クンもまだ寝ているようだし、今日は無理に動かず早めに解散といこうじゃないか」

そう言って胸を張る華月の姿は、見た目こそ幼い子供にしか見えなかったが、その背中からは確かに『大人』の風格があったように、紬には見えた。


「…随分呑気に構えてますね。こうして構えてるうちに次の被害者が出るかもしれませんよ」

「いや、僕の見立てでは次の被害者は出ない」


「さて、そろそろ僕は『大人の責任』を取りに行くことにするよ」

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