第12話 協力者

神楽坂町警察署異能力対策課本部。

超能力、異能力を扱う犯罪に独自に対応するこの課の会議室では、数人の青年たちが退屈そうに待機していた。

「まったく、課長はまだ来ないのですか」

「奏さん脚。貧乏ゆすりは行儀が悪いですよ」

「おや、すみませんね」

機嫌が悪そうに脚をゆすっていた奏が、中川の注意でそれをもとに戻す。一瞬、視線が奏のもとに集中するが、それでもなお奏は涼しい顔で佇んでいた。


「よりにもよって久遠寺の令嬢が貧乏ゆすり?随分と良いご身分になったものね」

席に座った一人の少女が口を開く。その発言に、緊張感が走る。

「まあまあまあまあ。今日はたまたま機嫌が悪い日なんですよ。あまり怒らんでやってください」

「怒っているわけではないわ。呆れているの」

「こりゃあ手厳しい。デイジーさんには冗談も通じないものですから、本当参っちゃいますよ」

中川はそのままお手上げという仕草をして、視線を奏の方へと戻す。


「それにしても、最近はずっとそんな感じですね」

「…あなたには関係ありません」

「関係ありますよ。同じ仕事仲間ですもん。それとも何ですか?やっぱり妹さんのことです?」

「…うるさい。これ以上それに触れたら京太郎さんであろうとも許しません」

強い視線で睨まれ、中川はそのまま引き下がる。

彼女の「教育係」を命じられてからもう半年になるが、どうにもこの視線の迫力にだけは、勝てる気がしないのだった。


「中川さんさぁ、もうちょっと強くあの子に怒ってもいい気がするけどね。なんか、今の感じだと教育係ってより、ワガママお嬢様と執事って感じ」

「広夢さんもその認識なら、もうちょっと強く言ってくださいよ。あと、相変わらずその喋り方と恰好、ミスマッチ過ぎて見てて疲れますねぇ」

「オレはそういうの向いてないし。あとオレ別に女の子になりたくてこうしてるわけじゃないから。そこんとこ勘違いしないでよね」

広夢は長い髪を弄り回しながら、けだるげな表情で中川の言葉を聞き流す。

「ほら、オレってこんなきれいじゃん?そしたらさ、もう男の恰好とか女の恰好とか、そういう枠に収まりきらないわけだよ。要は似合ってりゃどんな恰好しても良くない?って話よ」

大仰なポーズを取りながら、自らの容姿を自慢する広夢を、全員が呆れた様子で見ていた。


「本当に面倒よね。特に広夢。あなたこんな組織にいながら、まず制服すら着ないっていうのが本当に面倒だわ」

「そりゃまあオレくらいになるとどんな恰好でも似合うけど、それよりは好きな恰好してたいし?それにオレの力って着てる服によっても変わるから、特別に認められてるんだよこういうの」

能力の都合で制服を着ることが難しい場合、制服の着用が特例で免除される場合がある。広夢も、そのうちの一例だった。

「はぁ。なんだか広夢さんの話を聞いていたら色々とどうでもよくなりました。課長がなかなか来ないものですから、勝手に無駄話を始めますし」

「無駄話じゃないでしょー?そもそもちゃんとコミュニケーション取っとかないと、大事な時困るよー?」

「…広夢。こうなると奏は取りつく島がないから、引き下がった方がいいわよ」

「くっ。冗談通じねえ大人はこれだから困るぜ」


広夢がそのまま引き下がると、会議室の話し声はピタリと止まり、全員が無言でお互いをチラチラと伺うような状態になった。

どうにもピリピリと張りつめたような空気が抜けない。

中川などはデバイスを弄り何やら電子書籍の小説を読み始めている様子だが、奏やデイジーは何もしておらず、広夢は相変わらず自分の髪を弄っていた。

中川が電子書籍の小説をキリの良いところまで読み進めた頃に、会議室のドアが開かれる。

顔に傷の入った、背の高い男性が現れる。


「お前たち。いったん手を止めろ」

地響きを思わせる低い声に、思わず全員がピシっと姿勢を正す。

「今回捜査している事件のことだが、先日5件目が起きたことは知っているな?」

「知っています」

街を騒がせている殺人事件。殺された人物の傍らには、必ず『Your life is Guilty』という血文字が遺されているというそれは、連日報道機関を騒がせ、中には何かのメッセージではないかとまで噂されるようにもなっていた。

「中ではこれは政府の陰謀だー、なんて言われたりもして。一応政府側の人間としては勘弁ですよこういうの」

「いい加減誤情報を取り締まる法律が出来て欲しいものですけれどね」


「本題はそこではない。少しだけお前たちに提案したいことがある」

「提案?珍しいっすね。いつもオレたちには基本お任せの方針なのに」

「ああ。正直、なかなか成果が出ないというのもあってな。だが、私としてもこのままこの事件が解決しないままというのも惜しい」

連続殺人事件が5件目ともなれば、全員の顔に焦りが浮かんでいた。

何より、こうもなれば必ずと言っていいほど聴こえてくる声がある。

『警察は一体何をやっているんだ』

責任のある立場というものは、常に世間からの批判的な目に晒されることになる。

こういった立場につくということは、それと常に戦うということを意味するのだ。


「それでだ。お前たちに協力者を募ってもらいたい。民間でな」

「私は反対です。今回の事象は私達だけで解決すべき事。それにわざわざ民間の人間を巻き込むと?より優秀でない人間を巻き込んだ所で、犠牲者が増えるだけです」

奏が食って掛かる。プライドの高い奏には、民間でわざわざ協力者を募るという行為は、どうしても許せなかったのだ。

「自分はどちらでもいいです。皆さんに任せます」

「私もどっちでもいいわ。ただ…しいて言うなら、今のまま解決できないと判断したのであれば、民間の協力者を募るというのも考えとしては悪くない。そう思ったわね」

「デイジーさんそれはほぼ賛成派って言うんだよー。オレもどっちかっていうと賛成派。それに、"優秀"なオレたちだとしても、灯台下暗し的に見つけられないものがあるかもしれない。一般人の視点を共有してもらうって意味でも、協力してもらった方がいいと思うね」


「別にお前たちが賛成しようともしなくとも、俺は独自に動き始めるつもりだ。だから、これは決定事項だ」

「…お~、こりゃまた、随分な強行ですねぇ」

「そういうわけだから、考えておいてくれ」

そのまま、課長は会議室を去る。


「協力者などいなくとも。私が、この手で……」

うっすらと涙を浮かべながら拳を握る奏の姿を、中川だけは見逃さなかった。

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