第11話 血の予知
「………。はっ、はっ………」
あまりの光景に息が乱れる。
何故なら、血の海の中に倒れていたうちの一人は、首を切断され、生気のない虚ろな目でこちらを見ていた紬だったのだから。
一哉もかなり悲惨だった。
何せ、倒れていた一哉の身体には手足がなかった。表情こそ見えなかったが、そんなもの小春には想像したくもない。
悠希は、血まみれになった壁に磔にされていた。
それはまるで、罪人をどこかに縛り付けているようだった。
そして、もう一人の人影。それは。
血まみれの地獄の中に、今にも息絶えそうになっている"小春自身の姿だった"。
視界が元に戻る。
視界が戻ってなお、小春の脳裏にはあの地獄のような赤がちらついている。
「……もしかして、何か見えた?」
心配そうな顔で、紬が小春の方を見つめる。
あの生気のない虚ろな顔が、一瞬フラッシュバックして、小春は小さく息を漏らす。
「聞かない方がいいんじゃない?ありゃ相当重症だよ」
「…小春、落ち着いたら話してね」
そのまま、小春はソファーに横たわり、何とかしてあの光景を振り払おうと、眠りにつくことになった。
「こういう時に記憶とか覗ける能力者がいたら、楽なんだけどね」
一哉が冗談めかして呟く。
「そんな都合の良い能力者がいればいいんだけどね。いても警察の方に取られてそう」
「それはそうだよな~~。ツムツムのはなんてーか攻撃特化?って感じだし、オレのも別に情報収集には役に立たねーし」
「僕たち、そもそも全然探偵に向かない能力のやつらばかりだから。だから、白川さんの能力に僕はちょっと期待してたんだよ」
「そうなの?」
疑問に思う紬に対して、一哉は続ける。
「だって、未来を見る能力だっていうんだ。しかも、それを本人が自己申告してくると来た。彼女がペテン師や虚言癖でもない限り、それは確実に役に立つ」
「…小春はもしかしたら、私達の役に立ちたい気持ちみたいなの、あったのかもね。それで、さっきは無理をしてしまってガタが来てしまった」
「彼女の予知によれば僕たちは殺されるんでしょ?そんなの御免だけどさ。だとしたら、ちょっとキツい言い方になるけどさ。ちょっと無理してでも僕たちに協力してほしい。よりにもよって、予知が不定期に来るなんてねぇ……」
「あのさ」
ため息をつく一哉に、悠希が口を挟む。
「能力があるないとか役に立つ立たないとか、そういうのあんまり人に言っちゃいけないと思うぞ!こう…なんか上手く言えないけど、なんか嫌だぞ!」
「つまりそういう言い方は配慮に欠けるから出来るだけ避けてほしい、っていう話かな」
「そう!ツムツムのそれ!きっとそれ!」
「意味わかってんの……」
一哉は呆れたように笑う。不思議とその顔は、少しだけ頬が緩んでいるようにも映った。
「まあでも悠希のそれに私も賛成かな。それに何より、小春自身がどうしたいかだから。もし、この仕事をしたくないって小春が言うのであれば、無理に引き止めないのも私達の役割だよ」
「ふーん……紬については随分大人っぽいこと言うじゃん」
「私、実際君より大人だけどね」
などと話し合っていると、事務所のドアが開け放たれる。
「帰ったぞ」
華月が事務所へと戻って来たのだ。その声に反応するかのように、小春もゆっくりと目を覚ます。
「おかえり。用事があるって聞いたけど、何の用事だったの?」
「いや、単なる調べものだよ。ところで、小春クンは今の今まで寝てたのかい?」
「ちょっと…予知の中身があまりにもあまりだったから、つい。紬さんが寝かせてくれたの」
「…その情報はいらないでしょ」
「おっと、そりゃよかった」
「あ。そうだ、えっと…予知の中身なんだけど、そろそろ言っても大丈夫、かな」
小春が意を決して姿勢を正し、改めて全員の方を見る。
「ん、構わないぞ?」
「別に。君がそれでいいなら」
「うん。あんまりにショッキングだから、一部だけになるんだけど。今まで見てた予知と一緒に、『Your life is Guilty』そんな血文字が見えた」
それを聞いた一哉と華月が目を剥く。
何せ、それは今現在追っている殺人事件と共通するのだから。つまり、このままこれを追っていれば自分たちは殺されてしまうことを意味する。
「一体その後にどんなキッツいの見たか知らないけど、その予知が本当なら僕たち全員殺されるってことでしょ?どんだけ凶悪な殺人犯なんだ」
「ああ。単独犯なら紬の力でまずすぐ制圧まではいかなくとも牽制は出来る。その隙に悠希がどうにでもしてくれる。それがどうにもならない相手ともなれば……」
「…ただの殺人犯でない気もする。お前の人生は罪だ、かぁ。何か特定の思想をもって人を殺している、そんな気がする」
「あー。なんか…えっと。ちょっと難しい言葉多いから通訳してくんね?」
「悠希。勉強しろ」
「超シンプルすぎるツッコミ!!」
真剣に物事を考えていたはずが、どうにも悠希の話で空気が緩んでしまい、いまいち小春の予知すらも、現実的なものに感じられなくなっていた。
「えっと…相手はものすごく強くて私じゃどうにもならなくて、あとは何か理由があって人を殺しているかもしれない、みたいな感じかな?」
「あ~~~コハちゃんすっごいわかりやすい、助かる~~!」
「お前な……」
「まあまあ、理解できないのにそれを黙ってるよりはマシだから」
「紬は悠希に甘すぎる」
「厳しくしすぎてもよくないよ?」
話をいったんリセットするために、「コホン」と華月が咳払いをする。
「あー、あー。まあその、なんだ。いったんこの件からは身を引くというのもありかもしれないな」
この件から身を引く。
それは、全員が考えてはいたが、口には出せなかった選択肢だった。
「そんなことして大丈夫?うちの信用に関わると思うけど。まさか、『全員死ぬ予知夢みたからこの件からは手を引かせてもらいます』なんて通るわけないっていうのは華月さんでもわかるよね?」
「一哉、そう逸るもんじゃない。理由については適当にでっち上げるさ。何、理由ならなんでもいい。別に嘘をつこうって考えてるわけじゃないからな」
「嘘をつくのとでっち上げるのは同じことなんじゃ……」
「言葉のあやだよ。要は『本当のことを言った範囲内でそれを理由にすれば』いい。何でも正直が美徳っていうわけじゃないんだぞ、小春クンよ」
それを言い終えた華月は、最後までずっと悪い笑みを浮かべていた。
「汚い大人だぁ……」
そんな姿を見ながら、悠希がぼそっと呟いた。
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