第9話 姉妹

女性は小春の方を一瞥した後、そのまま背を向ける。

凄まじいプレッシャーだった。

紬よりは明らかに小柄で体格も細身なはずなのに、まるで大きな蛇にでも睨まれているかのように、小春はその場で動けなくなった。

「……小春。そっちにいて」

小春を庇うかのように、紬がその場に立つ。


「安心してください。そちらの女性は攻撃しませんよ。あなたの事だって攻撃する意図はありません」

女性は小春の方に笑顔を向けるが、その笑顔に安心感というものはなく、ただひたすらに、こちらを威圧するかのような迫力がそれにはあった。

「て…てめぇ……何ゴチャゴチャと。俺はそいつに話があるんだ!大体、俺を拘束するんなら、こっちの野郎だって」

「黙りなさい」

女性は男を睨みつけると、そのまま刀を男の方に向け、その刀で思い切りその頭を打ち据えた。

鉄を打つような凄まじい音がその場に響き、男はそのまま倒れる。


「……相変わらず暴力的な」

「あら、そうですか?犯罪者相手にはこのくらいの方がいいのです。大体、下手に逃亡や反撃の隙を与えるわけにもいかないでしょう。

だからあなたは"出来損ない"なんですよ」

「……くっ」

食ってかかる紬も、そのまま歯を食いしばり、それ以上何か言うことはなかった。

まさに一触即発。手にした刀が、紬の元まで振るわれるかと思われた、その時。


「…あの、お二人の事情はよくわかりませんが」

「……小春っ!?」

「さっきから、出来損ないとかなんとか、ひどくないですかっ!?」

脚が震えていた。声が裏返っていた。ただそれでも、仮にも自分を助けてくれた紬がそこまで言われる筋合いはないのではないかと、ただそれだけのことで、女性の方へと立ち向かっていた。

「事情を知らないのであれば、余計な口を挟まないでもらえますか?」

「それでも紬さんが悪く言われるのが許せないんです!」


「はぁ…面倒な方ですね。いいですか、あなたの隣にいる久遠寺紬という女は」

「はいストップ」

女性がそこまで言いかけたところで、背後から制止の声がかかる。

うっすらと笑顔を浮かべ、女性と同じような制服を着た、平凡そうな印象の男がそこにはいた。

「どうもどうも。うちの奏が迷惑をおかけしてしまいすみません」

「あの…あなたは……」

「自分、中川京太郎、っていいます。この地区を担当する警察官です。この子の教育係やってます」

中川はなおも笑顔を浮かべながら、紬と小春の2人に会釈をする。


「勝手な事をしないでもらえますか?大体」

「あーはいはい。事情はわかりましたから。大方、その妹さんが探偵なんてやってるのが許せなかったんでしょう?気持ちはわかりますよ。探偵っていう職業は、警察の仕事を時に横取りしてきますからねぇ」

一触即発の空気が和らぎ、小春はそっと胸を撫で下ろした。何より安心したのが、先ほどの女性…奏の行動が、同僚であろう中川から見ても良くないものだと判断された事だった。

「そういうわけですから。この男はここで拘束していきます。一応、名前や職業なども聞いておきたかったですが……あとで署で聞きましょうか」


「あの……」

「なんです?」

「制止してくださって、ありがとうございました」

小春のその言葉に、中川は目を丸くする。

「感謝されることをしたような謂れはないんですがねぇ。ですが、素直にその言葉は受け取っておきましょう。どういたしまして」

「はぁ……全く、困ったものですよ。あの妹は」

「自分から見たらあなたも相当ですよ。優秀なのはわかりますが、もう少し手心というものを持ってもいいと思うんです」

「あなたは甘すぎるんです。もう少し容赦しない心をですね……」


中川と奏は、しばらく話してから男を連れてその場を去っていった。

そこには、立ち尽くす紬と、ポカンとした顔で彼らの背中を見つめる小春だけが残った。

「あの…一つ聞いてもいい、かな」

「ああ…あの人のこと?」

「うん。その。姉妹だったりするの、かなって」

「そうだね。あの人は私の姉だよ。でも。私はあの人を姉だと思いたくない。そして…きっと彼女も私の事を妹だと思ってない、そういう関係だよ」

「そうなんだ……」

血を分けた姉妹だというのに、お互いを家族として思うことすらないのだろうか。そう語る紬の横顔に、小春は物悲しさを覚える。


「辛気臭い話しちゃってごめんね。それに…私の事情にも巻き込んじゃってごめん」

「いやいや気にしないで大丈夫だよ!?あれは…なんていうか、衝突事故みたいなものだから!」

「衝突事故だったらもっと大事になってると思うけど……」

苦笑いを浮かべる紬だったが、二人はそのまま近い歩幅で道を歩き始めていた。


二人の『見回り』は、先ほどのことが嘘であるかのように穏やかに終わった。

近頃色々と物騒になっているというが、何か凶事に遭遇するようなことは、よほど「運が悪く」さえなければほとんど起こることもでもないのだ。

やがて1時間程歩いた所で、2人は自動販売機から出た水を飲んでから、事務所へと戻ることになった。

「なかなか疲れたね、紬さん」

「そうだね。でも、小春と一緒に見回りいくの、結構楽しかったよ?」

「うん、私も楽しかった。紬さんがそう言ってくれるの、嬉しい」

暑さで疲れた身体に、冷えた水はなかなかよくしみた。

気分が良くなり、事務所へと向かう足取りも軽くなる。


ほぼ事務所が間近まで迫ってきた所で、小春たちの方へ向けて走ってくる影があった。

「お、お前ら……」

それは意外にも焦っている様子の一哉だった。

「僕も見回りに行っていたんだが……大変なことが起きた」


「近所のやつが死体で発見された。これで5件目だ」

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