第10話 Your life is Guilty

「5件目……!?それは本当なの?」

紬が目を剥き、一哉の方を見る。一哉の顔には、明らかに夏の暑さだけが原因ではない、汗が浮かんでいた。

「僕がこんな冗談言うと思うわけ?その通りだよ。しかも僕も面識ある奴がやられた。最悪だ」

「…あの、何の話ですか?」

「最近も報道されてる殺人事件の話。私達で個人的に追ってる件でね。知らない?」

「あー……えっと。確か一昨日あたりSNSで見たような…気がする」

小春の答えはあまりはっきりしなかった。目を何度も泳がせながら、覚えているのか覚えていないのかも不確かな様子が、一哉の目にも映った。

「気がする、ねぇ。もうちょっとはっきり言ってくれないと」

「だってあんまり覚えてないから…」


SNSで流れる情報は常に大量にある。興味のある情報もあれば、嫌でも目に入ってくる情報だってある。そんな中で、そのような物騒なニュースを、小春はあえて目に入れようとするような趣味は、なかった。

「ここだけの話。姉さん…久遠寺奏が私達に向けてああやってちょっかいを出してきたのも、警察が成果を上げられないのを焦ってるからだと思う。それでいて今回の5件目と来たものだから……はぁ」

紬の言説はあくまで推測でしかなかったが、彼女の中で「そうだろう」と確信するにあたる何かが、確かにあったのだろうと、聞いていた2人は思った。

もともと姉妹であったはずの人物に対する、深い失望のようなものが彼女の瞳には浮かんでいたのだ。


「一応関係者から依頼は受けているから、終われば報酬は受け取れる。ただ、それでも警察からしたら嫌なのは間違いないと思う。とはいえ…僕たちも全く動かないっていうわけにはいかなくなったよね」

「何とか…和解する道とか、ないのかな。向いている道は同じなんだから、協調できるはずだと思うんだけど…」

「無理でしょ。君、例の警察の人と会ったんでしょ?対話できそうな感じに見えた?それに……僕だって出来るならそうしてる」

一哉は小春のその言葉を、ほぼ切り捨てるように否定した。

「一哉。そこまではっきり言わなくてもいいんじゃない?」

「紬もわかってるだろ?それに、拒絶される原因はあんたが一番わかってるんじゃないの?」

「……っ、そうだけど……」

目に小さく涙を浮かべながら、紬は歯噛みをする。その表情の紬を、小春は不安そうに見つめていた。


「ここでゆっくりしてても始まらない。とりあえず、戻ったって報告をしておこう。あと、この時間悠希が寝てそうだから、とっとと起こさないとね」

「寝てるの…?こんな真昼間に……?」

「あいつよく寝てるから。昔っからだよ」

「…もう見慣れちゃったよね」

「へ、へぇ~~~……」

もしかしなくても、この事務所は自分が思っているより何倍も個性的な人だらけなのではないか。小春はそんなことを考えながら、事務所へと戻っていった。


「悠希~~~、起きてる?」

「うわっ!?カズ!?戻ってくるの早くない!?」

戻るなり一哉がそう呼びかけると、悠希が飛び起きてきた。髪には寝ぐせがつき、口からはよだれを垂らしているその様相は、まるで幼い子供のようだと、小春は思った。

「いくら眠たいからって一人で留守番中に昼寝はするなっていつも言ってるでしょ。今日は華月さんだって出かけてるんだから、お客さん来たらどうすんの」

「どうせ誰も来ないから寝てていいって言ったのは華月さんだもん」

「華月さんが許しても僕が許さないけど?」


「そのへんでやめてあげな一哉。大人気ない」

紬が一哉の肩に手をそっと置き、制止する。

「そうだそうだー!大体、オレは能力のせいで人より疲れやすいんだから、そういうとこも考えろよー!」

「悠希も悠希だよ。華月さんがいくらそう言ったからって、お客さん来てるのに寝てるってなったらこっちの責任問題になる。…まあ。華月さんは元々そういうとこ適当な人だけどさ」

「…ちぇー」


しばらくして落ち着いてから、4人はそれぞれの席に座る。

「さて。今回の報告だけど、まず亡くなっていた人物は田中修一56歳。僕の近所の人だ。面識もあってたびたび挨拶もしていた」

小春たちは勿論、悠希も姿勢を正して話を聞き始めている。

一哉が持ってきた資料には、人の好さそうな恰幅の良い中年男性の写真が映っていた。

「今のところ被害者には共通点は何もない。前の被害者は若い女性だったからね。ところで、白川小春って言ったっけ?」

「へ?」

突然名前を呼ばれ、素っ頓狂な返事をしてしまう小春に、一哉が呆れた調子で続ける。

「へ?じゃないでしょ。この写真とか資料とか見て、何か"見えてくる"ものとかないかなって」


小春にはまだ何も見えなかった。そもそも、この田中という男性について、一哉は知っている人物だというが、小春は初めて見る顔である。

「全然、見えてこない。かな……」

「…そうか」

小春は何か文句の一つでも言われるかと身構えたが、意外にも一哉はあっさりと引き下がった。

「不思議そうな顔してるんじゃないよ。大体、今の質問はダメ元だったからね。そもそも、最初から未来が見える能力なんかに頼らなくても、僕が動いて解決すれば良かったんだ」

「……そ、そう…」

どうにも、小春としてはモヤモヤする答えだった。一哉の真意が見えない。一体、彼は何を考えているのだろう。そして、何をもって自分を試すようなことを言ったのだろう。


「共通点もなければ、目的もわからない、ってことでいいんだよね?一哉、さっきの人って知り合いって言ってたけど、動機に心当たりはある?」

「たまに会って挨拶をするくらいだからそこまではわからない。でも、そこまで悪い噂を聞く人じゃなかった」

「…なるほど。それだけわかれば充分」

「そもそもさ、でも無差別っていうわけじゃないんだよねー?」

悠希が口を開く。

「そこ大事じゃねえ?」

「大事だと思う。被害者の遺体の近くに血文字があったなんて話もあった。確か、なんて書いてあったって聞いたかな」

紬が思い出そうと、必死に頭を巡らせる。


「ああ。『Your life is Guilty』だったかな…」


その瞬間。小春の視界が切り替わる。

血の海の中の4人の遺体。そして、その傍らの壁には。


『Your life is Guilty』

そう、おどろおどろしい血文字で書かれていたのだ。

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