第7話 初仕事

「今日は特にすることもないから、事務所でゆっくりしていてくれ。ここのソファなんて座り心地が良くてオススメだぞ」

「やることがないこともあるんですね……」

色々と近頃は物騒とはいえ、何もすることがないことなんてあるのだろうかと、少しだけ小春は意外に思った。

「正直やることがない事の方が多い。仕事があるにしてもまず警察に相談が一般的だからな」

「警察は動くのが遅いから、緊急で動いてほしいって時によく相談が来るね」

「へー……っていうことは、今すぐにでも依頼が来ることもあるんですね?」

「ああ、こうやってくつろいでいる間にもな。一哉のやつなんかは随分不機嫌になってるけどな」

「うるさいですね。あと、暇だからってソファで寝転がるのはやめてください。こんな姿、依頼人に見られたらどうするんです?信用に関わりますよ」

「別にいいだろそのくらい。だいたいここ最近調べ事があって寝不足でな。君にはわからないと思うが、大人はある程度昼寝をしないと動けないんだぞ」


華月はソファに完全に寝転がり、今すぐにでも寝始めそうな勢いだ。こんな体勢で過ごしているということは、もしやよほど仕事がないのだろうかと、小春は少し不安になる。

「ああ、小春。安心して、最近華月さん、お疲れみたいでさ。どうも力の影響で人よりエネルギー使っちゃうらしくて。だから昼間でもこうやって寝てる時があるんだ」

「なんか、大変そうですね…?」

「気にしなくていいよ。本人もただの体質みたいなものって言ってるから。それと、あんまり敬語で話すと…ちょっと距離感じちゃうっていうか。ここってあんまり先輩後輩とか気にしない雰囲気でいるから。だから、出来る範囲でで構わないんだけど、お願い」

「うん、わかりま…わかった」

そう返すと、紬は少しだけ小春に向けて笑いかける。その笑顔が何だかかわいらしくて、不意に小春はドキっとしてしまう。


「…あ、しょちょー寝ちゃった」

「放っておけばそのうち起きるでしょ。1時間以上寝ることないし」

寝ている華月の寝息が聞こえるほどに、事務所は静かになっていた。小春は特に話すことも考えていなければ、暇つぶしの手段も持ってきていないので、なんだか彼女自身も少し眠くなってきてしまっていた。

何せ、夢見が悪かったもので、ここ最近睡眠時間そのものは長くても、眠りの質がいかんせん悪く、起き抜けもあまり調子が良くなかったのである。

それに、座っているソファーが妙に柔らかいのも、彼女の眠気を誘発する一因になっていた。


「眠そうだね、小春」

「最近あんまり夢見がよくなくて…そういう紬さんも、ちょっとだけ疲れてるように見えるよ?」

よく見ると、紬の方も目の下に薄いとはいえ隈が出来ている。顔色もあまり良くなく、疲れた顔と言われれば、確かにそう見える様相をしていた。

「あー…最近色々あってね。気にしないでいいよ」


視界が暗転する。

小春が見た「未来の景色」。それは、紬が何者かに襲われるシーンだった。

シルエットからして、おそらく女性だろうか。刀のような武器を、紬の方に向けていた。

そして……襲撃者のその顔は。

紬のそれに、よく似ていた。


視界が元に戻る。

気づけば、紬が小春の顔を覗き込むようにして、様子を見ていた。

「うわっ!?近い近い近い!!」

「急に慌てたみたいな顔するから、どうしたのかなって思って」

「いえ…あ、えっと。いや……実は」

少し躊躇はしたものの、小春はそのまま見た内容をそのまま伝えた。


「なるほど。未来が見えた……か」

「あの……」

「いや、大丈夫。心当たりはあるから、気にしないで」

紬はそのまま、再び小春の方へと笑いかける。

しかしその表情からは、先ほどまでのような安心するようなかわいらしさはなく、むしろ見ていると少々不安になるような、そんな相が出ていた。

このまま問いただしたところで、おそらく紬は答えてくれないだろうと、そのまま小春は立ち止まる。


どうしようとそのまま立ち止まっていると、華月が目を覚ましたのか、ソファから起き上がる。

「…………」

寝起きの華月は普段とはまるで別人のように静かだった。何度か瞬きを繰り返した後、そのまま小春たちの方に向き直る。

「君たちすごく暇そうだな」

「あー…それはそうですけど……」

「ああ、別に恐縮しなくてもいい。別に取って食おうってわけじゃないからな。そういう反応されちゃうとむしろ僕の方が悲しい」

「でも、ここってむしろ暇な時間の方が多いって、聞いたんですけれど…」


「いや、それに関しては事前に説明していなかった僕が悪い。いつも暇なときは大体本を読んでいるかゲームをしているかだったから、君も大体暇つぶしの何かを持ってるものかと思ってね」

不思議そうに小春が紬の方を見ていると、紬が口を開く。

「私はほら、何もしなくても大体大丈夫だから。それにゲームとかやり始めちゃうと、集中しすぎちゃうからさ。だからむしろ持って行かない方がいいんだ」

「紬ももうちょっと娯楽とか触れてもいいと思うんだけどな。ま、大人がわざわざ子供の遊びに口を出すことなんてないかもしれないが」

「…じゃあ何で言ったんですか」


「大人になると色々な、子供のあれそれが気になるんだよ。それでだ。君たち、仕事っていうほど大したもんじゃないから、ちょっと頼みたいことがあるんだが」

「えっと…それって私と…紬さんと、でいいんですか?」

「ああ勿論。そしてちゃんと聞き返す姿勢はえらい。と言っても、このあたりをちょっと見て回って欲しいってくらいだ」

「意図を聞いても?」

「疑り深いな。まず君たちに一緒に仕事をする者として一度ちゃんと行動してみて欲しいというのと、個人的に調べていることがあるから、もしかしたらそれにつながる情報が得られるかもしれない、という所だな」

「なるほど。ルートなどの指定は?」

「特にない。好きに見て回っていい。何なら適当に遊んできてもいい。事務所については一哉と悠希たちの方に任せるから安心してくれていいぞ」


「このあたりを見て回ってほしい…かぁ。変わった頼み事だけど、そのままこれが私の初仕事、ってことでいいのかな?」

「仕事っていうほど本格的なものじゃないけどね。でも、もうちょっと小春の事も知りたいからさ、お話でもしながら見回り、行こう?」

「う、うん。わかった。この『仕事』、受けます!」

「まあ気張らずな~。さて僕はのんびりさせてもらうよ」


「……ツムツムのやつ、なんか妙に積極的だよなー」

「友達少ないから、張り切ってるんでしょ」


そんな声が聞こえたきがしたが、紬はあえて聞かないことにした。

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