第5話 九条一哉

その日は予知夢を見ることはなかった。

何となく布団に入り、眠り始めたら気づいたら起きていた。珍しく、小春は熟睡出来たのだ。

「…頭がすごくすっきりする」

前の日に見た予知夢があんな内容だったこともあって、なんだかとても清々しい気分だった。

その気分が反映されたかのように、空も澄み渡る綺麗な青だ。


こんな日に家に籠ってしまっては、もったいない。

小春の足は、自然と探偵社の事務所へと向かっていた。

あの予知に対する不安がまだないわけではない。しかし、今日は例の予知を夢で見ることはなかったのだ。

何か、運命が変わるようなものが、あったのかもしれない。

「…気のせい、だったのかな」


「……どうしよう」

歩き始めてから40分後。いつの間にやら、小春は道に迷ってしまっていた。

もう何もかもが気にならないという程の浮かれた気分故に、小春は忘れてしまったのである。

自分がかなりの方向音痴ということを。

「ど、どこまで歩いたんだっけ……」

自分の現在地すらもほとんど把握できず、スマートフォンで地図を開いても目的地までの道がわからない。

つまる所、完全なる迷子である。


「…何してるの、こんな所で」

どうしようかと右往左往していると、彼女の元に一人の少年が現れる。なんだか無機質そうな印象を受ける少年だ。癖のついた黒髪をかきながら、彼は小春の方をなんだか呆れたような様子で見ていた。

「……はっ!いや、その……実は道に迷ってまして……」

「ああ、そっか。どうもこのあたりをずっとグルグル回ってたみたいだから、道にでも迷ってるんじゃないかと思ってたけど。やっぱりそうか」

「あの……『異能力探偵社 KRONUS』というとこの事務所を探してる所なんですけどー……場所、知りませんか?」

「クロノスなら、オレの仕事場だけど。キミ、もしかして依頼人?」


「えっと…新入り…候補って感じです」

「なんか話が……いや、なんか華月さんが話してたな。ああ。キミが華月さんが目をつけてたって子か」

「あ、はい!話聞いてたんですね!?」

「確か名前は…なんて言ったっけ?小春だっけ?小夏だっけ?」

「小春です……」

果たしてこの少年は、あんまり人に興味がないのだろうか。

それはそれとして、名前を間違えられるというのはなかなかショックなのだと、小春は初めて気づかされることになった。

「僕は九条一哉。これから仕事するなら、名前くらいは教えとかなきゃいけないでしょ」

一哉と名乗った少年は、そのまま背を向けて仕事場を目指した。

小春もそれについていき、仕事場へと向かうことになる。


「…というわけで、迷子になってたので拾ってきました」

「あっはっは!!拾ったって!お前相変わらず面白いこと言うなぁ!!」

「華月さんのツボが浅いだけではないですか?僕の状況からしたら、あれは拾ってきたとしか言いようがないです」

「拾われました…」

実際、一哉がいなければここまで辿り着くことはなかっただろう小春は、何も言えなかった。

「何何~~?カズってば女の子拾ってきたん?クールそうなフリして実はスケベなん?」

たまたま近くに座っていた髪色の明るい少年が、小春たちの方に視線を向けた。


「ていうかなかなかカワイイ子じゃん!え?何新入りなの?っていうかカズもしかしてこういう子が好みなのアイタタタタタ」

「そういうのじゃないからやめろ。あと全く好みじゃない」

「何だ、いきなりフラれたな小春ちゃん」

別に初対面であるのでフラれたも何もないのだが、全く好みじゃないとまで言われると、それはそれで複雑な気分だった。

「も~~カズの握力強いんだからアイアンクローはやめてってば~~~、顔歪んじゃう」

「握力強いからアイアンクローしてるんだけど?」

「あはは…あの子達、仲良いんですね?」

「まあ、仲は良い方だと思うぞ?よく喧嘩はしてるけどな」


「はぁ……ほんっとカズってすぐ手出るよね。暴力的だとモテないぞぉ?」

「別にモテたくないから」

「そーんなつれないこと言わないでよ~イケメンなのに。もったいないぞ?

あ、小春ちゃんって言ったっけ?オレは朝賀悠希!もし新入りなってくれるならよろしくな!」

「よ、よろしくお願いします。白川小春です!」

明るそうな少年だな、と小春は思った。一哉とはずいぶん対称的な印象だ。

「白川さん、気を付けてね。こいつ恐ろしいほどのアホだから」

「アホ言うなし!新人に余計なイメージつけちゃマズいだろ!」


「騒がしいところだがよろしく頼む。職員も全体的に若いから、キミでも浮くことはないだろう」

「そ、そうですね……。一応掛け持ちになりますけど、それで問題なければ、よろしくお願いします!」

「そのへんは上手く調整するさ。一哉と悠希もいいよな?」

「別に僕はどっちでも良い。ただ、一つだけ注意しておきたいことがあるかな」

一哉は未だに、厳しい視線を小春の方に向けている。

「この仕事は遊びじゃない。君、見たところ絶対身体能力も低いでしょ。別に犯罪者と戦うのが仕事とかいうわけじゃないけれど、最低限の自衛は出来るわけ?」


自衛能力。武器の携帯こそ法律では許可されているものの、それでも自衛能力があるかと言われると、かなり怪しいものがあった。

何せ、これまで小春は直接戦うという形ではなく、未来を見ることで戦いを「回避する」という方向で身を守ってきたのだ。

だが、もし前のように犯罪者と対峙するようなことになるのであれば、「回避する」というわけにはいかなくなるだろう。


「別に直接対峙するだけが戦いじゃないさ。それに我々は複数人いるんだぞ?」

「華月さん……!」

「華月さん、その子の肩持ちすぎでしょう。どうしても入れたい理由とかあるんですか」

「それに関してなんですけど…多分。心当たりがあります」

「……へぇ。よっぽど自信があるんだ」


明かすかどうかは迷った。もっとも、そこまで凄い力だとも自分では思っていなかったのだが。

それでも、考えられるのはこれひとつしかなかった。

「私には、未来を見る力があるんです」

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