第4話 才能<ギフト>
そこでようやく視界が戻る。
一体これはいつの未来を見たのだろうか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
呼吸が乱れる。頭がフラフラとして、視界も霞んでいく。
「白川さん、急にどうしたの…?」
「……はっ。す、すみません…」
目の前で心配そうに声をかける紬の顔が、先ほどのような死に体ではなく、血色も良い状態だったことに安堵したのか、小春は落ち着きを取り戻す。
「実は……見えてしまったんです」
「…見えた……?」
「いえ、あの実は。私未来が見える才能<ギフト>を持っているんです。信じられないかもしれませんが、今までも実際に見た景色にデジャブを覚えたことがあるんです」
未来視の才能<ギフト>。
ほとんどそれはオカルトに近いものではあるが、それでも小春は確かに未来を「見た」という実感が何度もあった。
その力は、本物だ。
本物だからこそ、あの光景は。あの地獄のような光景は。
間違いなく、今後起こりうる事だ。
「なるほどね、あなたがそれを私達に打ち明けてくれたっていうことは……何か、あるんだよね」
「……はい」
なおも顔を青くしながら、小春は紬の方を見る。
「見たんです、紬さんの死んでしまう光景が」
「死……何!?」
あまりに衝撃的なその宣言に、紬は思わず立ちすくむ。
何せ、あなたはこれから死にますと言われてしまったのだ。
それに、小春の表情を見ても、それが単なる脅しやたちの悪い冗談といった類のようなものには見えない。
未来視などという力が本物だということも、小春の態度が既にそれを確信していると告げている。
「やっぱり、驚きますよね……私でも、すごくショッキングで、信じられないです。でも、一度見た予知は…今のところ、当たってないことがないんです」
「…私は、どうしたらいい…?身辺整理とか、今からした方がいいかな…」
ひきつった笑みを浮かべながら、冷や汗を垂らして紬は小春の方を見る。彼女は急に、この白川小春という少女が恐ろしくなった。
「…でも、方法はあります。予知そのものは、これから起こる光景の一つとして見えるものなんですが、それが起こらないように対処すれば、回避できる場合も。あります」
「…うん、わかった。けど、それだけじゃダメだよね」
「ふーん」
不意に、華月が口を挟み始める。
「まあ、僕は予知の内容についちゃほとんど信じてないけど、話によれば小春クンは泥棒を壁際まで追い詰めるくらいの度胸はあるんだろう?」
「そうですね。それは、そうなんですけど……」
「ふふっ、だったらその予知能力、"使えそう"じゃないかい?」
華月がニヤリと口の端を歪め、笑う。
「正気ですか!?」
「正気だとも。それに万が一その予知が本当だとしたら君は死んでしまう。誰だって死にたくはないからね。そうだ。君ここで働かないかい?」
「えぇ~~~~!?いや、でも私新しくバイト受かったばかりで……」
「それはまあこっちで調整するさ。それに新人にいきなり大変な仕事は振らんよ」
驚く小春をよそに、いたずらっぽくけらけらと笑う華月のその様子は、彼女にはまるで幼い少年のようにも見えた。
「…まったくこの人は。それにお金とか大丈夫なんですか?せっかく雇っても給料が払えないんじゃ、雇いようがありませんよ?」
「何だそんなこと気にしているのか。何、最近はただでさえ治安が悪くなってるんだ。依頼も増えつつあってうちの職員じゃ対応しきれない事も増えている。
ここで労働力を増やすっていうのは、僕としては考えてた事のひとつだ」
「いえ、まだOKしたわけじゃないんですけど……」
何故か受ける前提で話が続いていることに、流石に小春は違和感を覚える。
「受けるかどうかは君の自由さ。しかし僕としては君のその度胸。そして未来視という特異な才能<ギフト>。是非ともうちに来てくれると僕はたいへん助かる」
華月は特徴的な赤い目をキラキラと輝かせながら、デスクから身を乗り出して小春に近づく。
「やめてくださいよ行儀悪い」
「何だテンション低いなぁ?君だって彼女のその姿勢は随分評価してただろうに」
「私からしたら華月さんのそのテンションの方が怖いですけど。でもそうですね…さっき見た未来視のことも気になりますし、色々とあなたのことは知りたい。
何より、こんなほぼオカルトに近いような才能<ギフト>なんて、私は見たことない」
小春が躊躇してしまう理由は、もう一つあった。
それは、自らの不幸体質だ。
どうも不運を予知してしまうだけに、人よりもそういった不運に遭遇しやすいらしい。
トラブルが起きての遅刻も当たり前だ。なかなかアルバイトに受からなかったのも、この不幸体質が原因の一つなのは、小春自身も把握していることである。
今の喫茶店だって、いつこの不幸体質が原因で働けなくなるかわからない。
もう一つ、小春は考えていたことがある。
それは、久遠寺紬の死が、自らがこちらに近づいたことによって発生するものかもしれないということだ。
予知の内容を変える手段が、自分が紬から離れることだとしたら、自分はここに来てはいけない。
小春は一人、考えていた。
誰にも相談できないようなそれを、考えていたのだ。
「…別に今ここで答えを出す必要はないさ。連絡先なら渡しておくから、決まったらまたここに来てくれ」
「はいっ、わかりました」
華月から名刺を受け取って、小春はいったん事務所を出る。
彼女が去ったのを確認してから、華月は紬に向けて、話を始めた。
「……なあ、あの子との出会い、何やら運命めいたものを感じないかい?」
「いい歳の割に随分とロマンチックなことを言うんですね」
「歳は関係ないだろう歳は。それに何歳になろうとも人はそういうロマンを追う心を持っている方が人生楽しいぞ?君もあと10年経ったらわかるはずだ」
「はぁ……それにしても運命、ですか」
「Fateという意味の運命なのかFortuneという意味の運命なのかまではわからないけどね。ただ、僕は今たいへん心が躍っているんだ」
「彼女なら、僕たちにとって欠けた最後のピースになるんじゃないかとね」
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