死霊遊戯②

「私は西園寺さいおんじ彩愛あやめ。しがない魔術師だよ」


 勝ち気な笑みでそう名乗る彼女を見て、黒鉄くろがね悠真ゆうまは彼女に眼を奪われていた。

 ────まるで人形のようだ。

 白く美しい髪。幼さを残した端整な顔立ち。

 ルビーのような赤く澄んだ瞳。

 そのどれもが、人間離れした美しさと何より妖しさを孕み、彼女という存在を引き立たせている。

 その有り様はまさに月のソレだ。宵闇の中、ただひとりきりで君臨し、夜の空を支配する。

 に見た───あの吐き気がするほど綺麗なと同じだ。

 他の魔術師たちも、彼女へと意識の大半を割いている。最も、悠真とはまた違った理由だが。


「西園寺家・・・滅んだんじゃなかったのか?」

「呪われし天狗てんぐ末裔まつえいが一族・・・」


 黒髪オールバックとスーツ姿の青年が畏怖の念を込めて口ずさむ。対して、五条袈裟の男とドレスの美女は警戒と好奇の念を含んだ視線で、彩愛をねぶるように観察し、議題を切り替えた。


「ふん、そんな小娘のことなんて今はどうでも良いわ。さっさと仕事の話をしましょ」

「同意だ」


 二人は彩愛の家系や出身に興味など無いとばかりに言い放つ。

 彼等の言い分も納得だ。彼等はあくまで、仕事をこなしに来ただけなのだから。

 信夜しんやはごほんと咳払いをすると、悠真と彩愛をソファーに着かせた。

 悠真はスーツ姿の青年の隣。彩愛は黒髪オールバックの隣。向かい合うように腰を下ろす。

 ────これで役者は揃った。

 全員の視線が、信夜へと向けられる。

 信夜は微笑むと、今回の仕事について語り始めた。


◆◆◆


「えーでは、改めて───初めまして。私は真月しんげつ信夜しんや。此処、琥月館こげつかんの主を努めています」


 お辞儀の見本があるならば、きっとこれだろうというほどの綺麗なお辞儀とともに、彼は名乗る。

 それに続くようにして、黒髪オールバックとドレスの美女が名を告げた。


「オレぁ、柳源治やなぎげんじ洸靈会こうれいかい伝承課でんしょうか所属の魔術師だ」

「私はシルヴィア・アーゼリット。法政課ほうせいか所属よ」


 悠真は二人が告げた組織の名に、微かに眼を見開いた。

 洸靈会。それは、日本魔術界最大規模の魔術組織だ。こと極東で魔道を志すのならば、知らぬ者はいない。現に、悠真のバイト先も洸靈会とは太いパイプがあり、度々大きな仕事を流して貰っている。

 まさかこの案件に洸靈会の中から、二つの課が関わってくるとは。しかも、その内片方はウチと関係がある法政課だ。

 悠真の脳裏に一人の魔女が浮かび上がる。

 美しいブロンドの髪を靡かせ、深紅のドレスを身に纏った女性。法政課において激しい権力闘争を繰り広げるウチのお得意様。

 彼女が持ち込んだ仕事で、何度地獄を見たことか。悠真は無意識に苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。


「私は陰陽おんみょう所属。五條ごじょう慎二郎しんじろうだ」

「僕は道明寺どうみょうじ大悟だいご。組織には属してない。フリーランスだよ」


 ───顔をしかめる悠真を他所に、名乗りは続く。

 そして。五条袈裟の男が発した名前にまた驚愕の念を抱いた。

 陰陽課は洸靈会の中でも一、二を争う勢力を誇っている課だ。それに、五條と言えば陰陽課の中でも強い権力を持つ一族、五条ごじょう家の分家だ。

 そんな名家がこんな仕事を受けたなんて。悠真は胃がキリキリと痛むような感覚を覚えた。

 悠真の隣に座るスーツ姿の青年───大悟も驚きと焦り、そして僅かな憎しみをブレンドしたかのような苦々しい表情を浮かべている。

 この流れに続くのは些か躊躇いを覚えるが、名乗らねば妖しまれかねない。そうなれば、少なからず評判も悪くなってしまうだろう。

 それは防がねばならない。

 悠真は溜め息を吐き出したいのを堪えて、出来るだけ平常を装って名前を告げた。


「同じくフリーランス。黒鉄悠真だ」


 シルヴィアが僅かに反応したかのように見えたが、気づかないふりをする。下手に反応してしまえば後が怖い。法政課の連中は厄介なのだ。

 そうして。最後に、もう一度彩愛が続いた。


「さっきも言ったけど、私は西園寺彩愛。所属はなし。此処に来た理由は────まあ、ついで、だね」


 意味深にそう言うと、視線を信夜に向けた。

 まるで、速く進めてとでも言うように。

 視線を受けて、信夜は朗らかに笑うと本題へと入った。


「自己紹介も終わったところで、本題に入りましょう。

 霊瘴が始まったのは約一年前まで遡ります。

 始めは、物音が鳴ったり、ドアが勝手に開く、皿がひとりでに落ちるなど比較的軽いものだったんですが・・・半年ほど経つと、悪化していきまして。先月には、雇っていたメイドの一人が突然倒れて、そのまま亡くなってしまいましてね。その影響で雇っていたメイドたちはみんな辞めていってしまって。お陰さまで、この館を私一人で管理しなくてはならなくなってしまいましてね」


 そこで短く息を吐き出す。

 霊瘴とここまでの豪邸を一人で管理する心労が溜まっているのだろう。


「そこで───みなさんを雇ったんです」

「・・・一つ、質問良いか?」


 慎二郎が手を上げ、信夜へと質問を投げ掛ける。


「霊瘴の祓徐は任せて貰っていい。が、私が聞きたいのは───祓った奴に、此処を譲り渡すってのは本当なんだな?」


 ギロリ、と蛇が蛙を睨み付けるような視線。

 信夜は苦笑すると、その問いに答える。


「───ええ。もちろん。もともと、手離そうと思ってたんです。なにせ、霊瘴が起きるんですから。あの霊瘴を祓えるのならば、それだけで此処に住む権利は充分にあるでしょう」


 やはりか───悠真は自身の予想が当たった、いや、当たってしまったことに内心で舌打ちする。

 最初から、この仕事は妙だった。

 バイト先の上司には仕事の内容をただの除霊だとはぐらかされた上に、いざ現場に来てみれば、六人の魔術師が招かれており、その内三人は洸靈会所属ときた。

 恐らくだが、先ほど脳裏に過ったブロンド髪の魔女が寄越した案件なのだろう。同じ法政課が此処に来ていることが何よりの証拠だ。

 目的は恐らく、魔術研究用の施設の確保といったところだろうか。その点で言えば、此処はまさに適所だ。なにせ、呪いで名を上げた一族が住んでいたのだから、魔術的価値の高さは折り紙付きだ。

 この場に集った魔術師たちも除霊は二の次で、目的は此処の利権確保なんだろう。

 多くの魔術師にとって、己の魔術を研鑽するための施設は喉から手が出るほど欲しいものだ。それが除霊をするだけで獲得できるのならば、こんなに割りの良い仕事はない。


「そうか、なら良い」

「いや、ちょっと待て。霊瘴とは言っていたが、何か出るのか?出るなら聞いときたい」


 今度は柳が質問をする。

 この館の利権についてはどうでも良かった悠真にとって、その質問の方が価値があった。

 問われた信夜は、一瞬笑みを失くすと、再び笑みを浮かべて答える。───その笑みが何故だか妖しく思えた。


「そうですね、強いて言えば────鬼が、出るんです」


◆◆◆


 会談は終わり、信夜が取り寄せた夕食を済ませた面々はそれぞれが宛がわれた部屋に戻っていく。

 悠真が案内されたのは、二階の角部屋だった。

 階段からおよそ十メートル近く離れた場所にある部屋で、室内はモダン調で揃えてあり、入り口入ってすぐ、左手側に洗面所とバスルーム、右手側にトイレとなっており、五メートル程度の廊下を進むと寝室と居間を兼用した部屋がある。

 着ていたジャンパーを居間部分の中央に置かれた深紅のソファーに投げ捨て、窓際まで進む。

 窓の外はすっかり暗くなっており、深い闇で覆われた森は昼間とはまた違った印象を抱かせた。

 夜空には、やはり月があり、館と森を見下ろしていた。

 そして────。


「────こんばんは」


 と声が聞こえた。

 すぐ、後ろから。

 勢い良く振り返る。其処にいたのは、小悪魔のような笑みを浮かべた、月のような少女───西園寺彩愛だった。

 いったい、どうやって入った。頭の中に疑問が渦を巻く。

 入り口のドアにはルーンによる結界を張っていたし、なにより

 彼女の背後に見えるドアは、開いた形跡すらない。


「そんなに驚かないでよ」


 彩愛は苦笑しながら、からかうように言う。

 悠真は警戒を強めながら、彼女に問い掛ける。


「・・・どうやって入った?」

「ん?私の魔術だよ。修験道って知ってる?日本独自の魔術体系なんだけどさ。私はその内の神足通じんそくつうでこの部屋に入ったんだよ」

「修験道六神通の一つ、か・・・確か、神足通はあらゆる場所へ望んだ姿で移動することを可能にする神通力だよな?」

「そ。良く知ってるね」


 彩愛は感心したように微笑むと、ずいっと悠真に近づく。

 ふわり、と甘い香りが鼻腔をくすぐり、思わず鼓動が高鳴る。

 並大抵の宝石よりも美しい緋の瞳が悠真の金色に輝く眼とぶつかる。


「・・・綺麗な眼だね」

「・・・そっくりそのまま返すよ」

「ふふっ」

「何が可笑しいんだよ」

「いや?案外ウブなんだ、と思って。顔、赤いよ?」

「なっ!?」

「ははっ、君。面白いね。からかいがいがあるよ。私の見立てはあってたみたいだ」

「見立て?・・・って、そういえば、何で入ってきたんだよ」


 彩愛はその問いに答えない。

 くるり、と踵を返すと彼女はドアへ向かっていく。どうやら、魔術を使わず普通に自室に戻るようだ。

 彩愛はドアの前で立ち止まると、振り向きながら、最後の質問に答えた。


「別に、特に理由は無いよ。ただ───君のことが気になった。それだけだし、私の勘はあってたみたいだ」

「・・・そうかよ」

「ふふっ。じゃあ、また明日ね。黒鉄くん」


 これ以上ない。今この瞬間を切り取って絵画にしたら、間違いなく名画になるだろうという綺麗な笑顔とともに、彼女は今度こそ部屋を出ていった。


 ガシガシと頭を掻く。

 はぁ、と溜め息を吐いて。悠真はポツリと呟いた。


「・・・あれはずるいだろ」


 ◆◆◆


 ────その晩。五條慎二郎が殺された。 

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