死霊遊戯①
その一族の名は
虚月家は数いる魔術師の中でも、他者を呪う事に特化した一族であり、人外どもが跋扈する魔術界にてその悪名を轟かせていた。
曰く、頼まれて呪う。
曰く、頼まれなくても呪う。
曰く、気に入らないから呪う。
そんな風に、権力者も一般人も関係なく四方八方に呪詛を振り撒いた影響か、虚月家の者達はとある時期を境にふつりと消え、彼等が所有していた琥月館のみが残された。
呪詛返しを受けたのか、それとも触れてはならないモノに触れてしまったのか。
魔術師たちは彼等の末路を様々に噂したが、いつしかその存在を忘れ去った。
────そんな曰くが
「此処が、琥月館か・・・」
虚月家が失踪したあと。琥月館は不動産会社が権利を買い取り、数年を心霊スポットとして過ごした後に、景観を気に入ったとある資産家が別荘として購入した。
今回の仕事も、その資産家から依頼されたモノだ。何でも───館に蔓延る霊瘴を祓って欲しいと。
当然と言えば当然だ。
誰彼問わず呪っていた一族が住んでいたのだ、死霊や呪詛の残穢が残っていたとしても不思議ではない。
悠真はぐるりと周囲を見渡す。
館の周辺は一面の緑で、鬱蒼とした木々の葉が
郊外にあるとはいえ、濃厚なまでの自然になるほど、と頷く。
都会の喧騒に疲れた資産家が気に入るには、文句無しの景色と静けさだ。
自然溢れる景色を一通り眺めて、悠真は館を見上げた。
────歪んでいる。
抱いた印象はそれだった。
建物が歪んでいるというわけではない。寧ろ立派だ。二階建てで横に広く、西洋の城を思わせる造りはまさに豪邸。別荘には充分どころか贅沢と言える。
だが───何かがおかしい。拭いようのない違和感が思考にこびりつく。そう、例えるなら、失敗した儀式をそのまま続けているかのような───そんな、致命的な違和感。
魔術師としての直感が、この仕事は面倒極まりないと言っている。だが、一度引き受けてしまったのだからもう引き返す事は出来ない。
引き返してしまえば、より面倒なことになるのは目に見えている。
つまるところ───選択肢は一つしかない。
「はぁ・・・実に面倒だ」
溜め息を一つ。意識を切り替え、とりあえず館へと入ることにした。
◆◆◆
「お待ちしておりました・・・魔術師の方ですね」
館に入ってすぐ。紳士服に身を包んだ三十代前半ほどの、黒縁の眼鏡を掛けた男に出迎えられた。
恐らく、彼が此処を購入した資産家だろう。
所作の一つ一つから感じられる気品と纏う雰囲気が、上流階級であると示している。
「ええ、そうです」
此処に来る前、上司から渡されていた案内状を提示しながら、館の内部を観察する。
天井は高く、その中心部には黄金のシャンデリラが吊り下げられ、床には深紅のカーペット。左右の壁には豪華な調度品が拵えており、右の壁には螺旋を描く階段が備え付けてある。
「螺旋、か」
魔術において、螺旋は因果の象徴だ。
あらゆる事象は繰り返す。けれど、結末は同じであっても、その原因や内包する要因は全てが細部で違っている。そんな多様性を一つのカタチとして表現したモノ───それが、魔術理論として語られる螺旋だ。
呪術を専門として扱っていた虚月家らしいと言える。
「申し遅れました。私は、この館の主を努めています、
資産家───信夜は懐から名刺を取り出すと、丁寧な仕草で悠真へと手渡す。
さっと目を通してジャンパーのポケットに閉まって、悠真は問い掛けた。
「霊瘴を祓って欲しいとの事でしたが、一体どのような現象が起きてるんですか?」
「その件については、此方でお話します。どうぞ」
柔和な笑顔でそう言って、信夜は歩き出す。悠真は短く息を吐き出し、その後ろ姿に従った。
恐らく、他の魔術師も雇っていたのだろう。こういう案件では良くあることだ。
そこで、悠真は上司が言っていたことを思い出した。
───「今回の仕事は、我々の更なる発展に繋がる。だから、まあ、何時も通りやってくれよ?」
あれはそういう意味か。
悠真は聞こえないくらいの大きさで、舌打ちをした。
◆◆◆
案内された応接室の中には、予想が当たっていたようで、数人の視線が悠真を射貫いた。
「はん、オレら以外にも雇ってたのね」と黒髪をオールバックに纏めたスカジャンの男。
「まあ、想定内ではあったがな」と返す五条袈裟を身に纏った禿頭の中年男性。
「速いもの勝ちってこと?ふん」と鼻息荒くするは紫色のドレスで着飾った琥珀色の髪をした美女。
「この館は酷く呪われている。妥当だろうよ」と吐き捨てるはスーツ姿の青年。
計四人が、橙色のソファーに腰掛けながら悠真と信夜を見据えている。
感じ取れる魔力はどれもが質も量も一流。さぞかし優秀な魔術師なのだろう。
その証拠に、全員が腹に一物を抱えている。
理屈ではない。これまで関わってきた魔術師と怪異の経験が悠真にそう判断させた。何より、全員が頭数が増えたのを良く思っていない。
ということはつまり─────。
「あれ?私が最後?」
場違い、とさえ言えるほど明るい声が応接室に乱入してきた。
まだいたのか、とどれだけ雇ったのだと呆れ混じりに振り向き────時が、止まった。
其処に立っていたのは、これ以上ないほど美しい少女だった。
背中まで伸ばした雪のように白い髪。
陶磁のようにキメ細やかな純白の肌。
幼さを残した、洋風人形染みて整った顔立ち。
細い肢体を隠すクリーム色のカーディガンと黒いミニスカート、その下に履いたタイツが彼女の美しさと可憐さを際立たせている。
そして何より───魔性を示す、紅く澄んだ瞳。
少女は薄く微笑むと、左手を腰に、右手を胸に当て、高らかと名乗りを上げた。
「主役は遅れてやってくるってね。私は
映画のヒーローのような前置きと共に、彼女は名乗り、勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
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