B.出逢い
遭遇は突然だった。
「はい!担任になりました、四鹿〔よつしか〕早苗〔さなえ〕です〜、みなさんよろたん!」
馴れ馴れしい…まぁ、気さくな先生だった。今までに出会ってきた教師の中では、ダントツにキャラの濃い先生だと思った。
「じゃ!席替えですよ〜っ」
……本当に、キャラの濃い先生だと。
この四鹿先生、どうやら相当に頭の楽しい先生らしく、自己紹介をする前に席替えを始めた。曰く、
「生まれてきた時に決められた名前で定められたこの配置は、言うなれば過去の因果に縛られているわけです。私の目が黒いうちは、若人にはその手で、その足で、道を切り拓き歩みを進めてほしいのです。」
とのこと。
なかなかいいことを言っている風であったが、意味が分からないというのが現実であり、この先生についていけるのかという不安感が入学早々にして我が心内の大半を占めるに至ったわけで、まぁなんにせよ、碌なことではないというのが率直な俺の感想だった。
「じゃ、順番に決めますかぁ!」
そう言って破天荒の化身たる先生は、くじの入った箱をおもむろに取り出し、クラス中の視線がその箱に集中したことを見渡し把握して、言った。
「運命の席替えだーっ!」
突然、右手を天井へと突き上げて言う。クラスは静寂に包まれる。
「……最近の子はノリ悪いねぇ…おー!だよっ!」
ぷっくーという効果音がその顔の横に浮かびそうなくらいの膨れ顔で、先生は指を向けて注意してくる。若干先端恐怖症気味の俺には少々きついのだが、そこら辺の配慮を求められる環境でもなさそうだ。
「運命の席替えだーっ!」
先生の口から先程聞いたセリフがリピート再生されると、控えめながらクラスメイトたちは健気にこの先生の要望に応えて声を発した。
無論俺は無言である。
「声が小さいよっ!せーの!」
「おー…。」
仕方なく、小声で漏らすように応える。それでも何人かの精神を削った叫びによって、先生の表情は満足げな笑みに転じた。
少々、先生の自己満足的なくじ引きタイムと、それに伴うクラスメイト達の絶望と希望の声が、この温室の雰囲気を確かに和らげているのを感じた。どうやら、ただのお花畑というわけではなさそうだと、少しばかり上から目線で彼女を評価していると、俺の名前が呼ばれた。
「志和君は〜おっ、いいねー、5行目の6列目!」
一番後ろの列、左から2番目の列、その交差点。一般的には当てられにくいいい席だ。個人的にも、後ろに人がいないのはありがたい。
その後、全員分の席が決まり、先生は座席表の印刷に職員室へと向かっていった。その間に、我々は席を移動する。
空っぽの学生鞄を持って、身体だけで移動し、これからしばらく世話になる机と椅子をしみじみと見つめた後、周りを見てみる。
ふと、一人の少女と目があった。いや、少女というにはでかい。俺より18cmくらいはデカそうだ、と適当な目測をしつつ、その容姿を確認する。
窓から入り込む陽光を煌々と反射する長い銀髪。朗らかに蛍光灯のハイライトを付ける橙色の瞳。灰色のパンツに紺のセーター、黒いブレザーと、首元に添えられた赤色の細いリボンがどこか幻想を思わせる、透き通った肌に桜色の唇を持つ、長身の美女。
こうも整った美貌を見たことはない。天使か、或いは女神を想起させる外見に圧倒されていると、俺の理性が、警鐘を鳴らしてきた。
(あんまり人と目を合わせると…)
俺は、視線恐怖症でもある。他人に注目されることを酷く恐れ、その視線を知覚することを嫌う。俺は、挨拶もしないままに席に座り、鞄を机の上に置いて黒板の見にくい黒いマス目に集中する。
「えっと、志和君…だったかな?」
が、彼女の方はそうではないらしい。椅子に座り、こちらに向けて、高いトーンですんと耳に入るその声を放つ。
「…よく覚えたな…お前は?」
俺は、一切口調に遠慮せずに、前を向いたまま言った。
「煤ケ谷〔すすがや〕。煤ケ谷不知〔しらず〕。宜しくね。」
はにかんだその笑顔が左目の視界の端に映る。綺麗な顔立ちだ。
「志和〔しわ〕火垂〔ほたる〕だ、まぁ短い間だろうが、宜しく頼む。」
俺は精一杯の柔らかい表情を作って、そう挨拶を返した。
「ん。」
……思考が、一時的に停止した。耳元から聞こえたその応答、開いた目に入ってきた無視できない視覚情報。そして、明らかに人肌のものである感触。
「ちゅっ」
舌を鳴らす音。耳元で、小さな音で、それが脳に反響し、筋肉を強張らせる。
おもむろに離れる彼女。先生がしていたように、そのゆったりとした動作は視線を集める効果がある。俺の目線は、彼女の顔に100%注がれた。
「これで僕と君とは友達だ。末永く、ね。」
……これが、こいつと俺との、出会の一幕。教室の端で展開された、小さなドラマだ。
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