六,佐藤巧
1
学校が始まって、僕等──特にユウキは話題の的となった。
休み時間となれば隣のクラスからも出張って、僕等がお化け屋敷に忍び込んだ話を聞かせてくれとせがまれた。シンゴは最初こそヒーロー気取りで話していたが、すぐに辟易し、早くも登校二日目には話をせがんでくる相手に「うるせえ!」と怒鳴っていた。僕とユリは初めから、聞かれても黙っていたのですぐに誰も聞いてこなくなった。可哀想だったのはユウキだ。「どこにいたの?」とか「誰といたの?」とか、子供達だけでなく、先生の中にも興味本位で聞いてくる者がいて、それは二学期が始まってから一週間が経っても続いていた。
ユウキは、誰にも、僕等にさえも、あの時あった事の話はしなかった。それは警察に対しても同じだったらしい。怪我もなく、何かされた形跡もなかった事から、警察は早々と捜査を打ち切ったようだ。ユウキの両親が「もうそっとしておいてください」と警察に言った、という話も大人からそれとなしに聞いた。その為、あの時の真相はユウキのみが知る事となった。
「なあユウキ、これ本当かよ」
あれは確か九月二十二日の事。持ってくる事を禁止されているはずの携帯端末を手に、クラスメイトのカズキがユウキに話しかけていた。
「なになに?」と他のクラスメイトも彼の周りに集まってきた。ユウキが心配だったので、僕も席を立った。
「ねえ、カズキ、本当かって何が?」
「これだよ、これ」
話しかけてきたクラスメイトに、カズキが携帯端末の画面を見せた。
「……え? マジかよ!」
「だから本人に確認してんだよ。おい、ユウキ、これ見ろよ」
カズキが乱暴に、携帯端末をユウキに持たせた。これまで我関せずを通していたユウキの表情が、ふっと曇った。
「……マジなわけ、ないじゃん」
言って携帯端末をカズキに返す。
「じゃあ何でこんな噂になってるんだよ。大人が何の根拠も無しにこんな事書くわけないだろ」
「全部嘘だよ、そんなの……」
「カズキ、ちょっと見せてよ」
僕は返事も待たず、カズキの手から携帯端末を奪った。
読めない漢字も多少あったが、そこには実はユウキは殺されていて、学校に通っているユウキは偽物だ、という事が書かれていた。
「何だよこれ!」
「だから、本人に確認してるんだろ?」
「確認しなくてもユウキはユウキだろ? 見てわかんないのかよ!」
「政府のインボウだぜ? 見てもわかんないくらいそっくりな偽物かも知れないだろ」
さも楽しそうにカズキが言うので、思わず頭に血が上る。
「お前!」
「おい、どうしたんだよ」
離れたところで関わらない様にしていたシンゴが、さすがに心配になったのか声をかけてきた。
「シンゴ、ちょっとこれ、見てみて。こいつ、こんな事本気にしてるんだ」
僕は持ったままの携帯端末をシンゴに渡した。記事を読むシンゴの顔がみるみる怒りに燃える。
「カズキ! お前こんなの信じてユウキを疑うのかよ!」
「何だよ、冗談だってば。俺だってこんなの信じてないよ」
さすがに慌てたようで、カズキは携帯端末をシンゴの手から取り返すと、そそくさと自分の席へ帰って行った。
「おい、ユウキ。お前も黙ってるからいけないんだよ!」
「違うって言ったよ……」
「そうじゃなくてさ、あの時何があったのか……。みんなには言わなくても、俺達にはさ……」
シンゴの声がどんどん弱くなる。僕も同じ気持ちだ。あの日一緒にいたというのに隠し事をされているのが、何だかとっても寂しかった。
「……ダメだよ。言えない」
ユウキはそう言ってそっぽを向いた。
あの事件以降、ユウキは僕等と一緒に遊ばなくなった。それがユウキが望んでの事なのか、それとも親同士で決めた事なのかはわからなかったが……。
ユリも親にこっぴどく叱られたようで、僕等とは少し距離を置くようになっていた。
公園には、僕とシンゴだけで集まるようになった。
「なあ」ベンチに座り、ぼんやりと砂場の方を見つめながらシンゴが言った。「そういえばさ、お前、お化け見たか?」
予想していなかった質問だったので、返答に詰まってしまう。シンゴは気にせず続けた。
「俺さ、お前達が叫んで走り出したから一緒になって逃げたけど、実は……。なあ、あの時、お前はお化け見たの?」
「いや……。あ、でも、部屋の扉が開くのは見た……、かも」
「マジで? お化けどんなんだった?」
「お化けは見てないよ。見たのは……、扉が勝手に開くのだけ」
「うわ、それ、お化けが開けたのかな? やっぱりいたのかな、お化け」
「……わかんない」
確かにあの時、勝手に開いた扉を見て、僕はお化けが出てきたのだと思った。そういえば、最初に叫んだのは僕だったかも知れない。そう思うと、何だか少し恥ずかしくなる。
「俺も、どうせならお化け見たかったなあ」
「だから、見てないってば」
「でも扉が勝手に開いたんだろ?」
「ほんのちょっとだから、風かも知れないよ」
確かに開いたのは、開いた隙間から中も見えないほど少しだった。扉は部屋の内側へ開く様になっていたけれど、元からほんの少しでも開いていたならば、玄関から通ってきた風に押されて軋むくらいの事はあるかも知れない。
「つまんねえなあ……」
それきり、シンゴは黙った。自分で話題に挙げたとはいえ、やはりシンゴにとってもこの話題は楽しいものではなかった。
「ユウキ、元気かな……」
僕は小さく呟いた。
「今日学校で会ったろ。元気だったじゃん」
「うん。そうなんだけどさ……」
カズキの言っていた記事の事が気になってしかたなかった。おそらく、あの記事を見た子供は他にも沢山いるだろう。ユウキをからかう奴だって、たぶん少なからず出てくるだろう。僕等がいないところで、今まさにからかわれているかも知れない。そう思うと、悔しかった。友達なのに、何もしてあげられない事が歯がゆかった。それはシンゴも同じようで、その横顔は険しかった。
「ユウキの家に、行ってみるか」
シンゴの提案に、僕は迷わず肯いた。
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