キヨの投稿は予想以上の反響を得た。

 少なくともその日のうちには数千単位での閲覧があり、二日経ってもその勢いは衰えず、むしろ勢いを増してさえいた。

 何がそんなに人々の関心を得たのかはわからなかったが、すぐにあの事件のあった場所だと特定された事も原因のひとつだったのかも知れない。事件の事などすっかり忘れ去られていると思っていたので、裕也にとってはとても意外だった。

 啓介はかなり怒っているようだったが、特に何のアクションも起こさなかった。翌日、学校でキヨに会った時も、表面上は普通にしていた。しかし、キヨがこの件を話題にあげると、いつの間にか何処かへ行ってしまった。


「いや、反響凄くてビビるわ」

 キヨが笑って言った。

「何かやたら拡散されたよね」

 慎太郎も笑って言った。

「慎太郎のおかげもあるけどな。俺、そんな友達いないし」

 それはキヨの言う通りだろう。実際に、拡散はキヨのアカウントを中心としてではなく、慎太郎のアカウントを中心に始まっていた。

「実際に現地に行って、屋敷の中まで入ってみたって奴も出てきたな」

「マジで?」

 さすがにもう警察が封鎖している事はないだろうが、塀の穴くらいは塞がれていると思っていたから、少しだけ驚いた。

「動画がアップされてたからマジでしょ。お前らは動画とか撮らなかったの?」

「バカ、撮ってねえよ」

「惜しいなあ。せっかく幽霊見たのに」

「俺は見てねえって」

「子供の幽霊を見たって奴もいるみたいだよ」

 慎太郎が携帯端末を操作しながら言った。

「え? 子供の幽霊?」

「そう。そこで殺された子供の幽霊じゃないかって」

「いやいや、ちょっと待てよ。殺された子供って何だよ」

「何か、ほら、事件あったじゃん」

「死んでないから。保護されてるから」

「そうだっけ? でももうめっちゃ拡散されてるよ」

 裕也も携帯端末を取り出し、件の話題を検索してみる。

 男の幽霊を見たとか、子供の幽霊を見たとか、子供の頃に忍び込んだ時の話だとか、多種多様なコメントが溢れていた。

 何て無責任なんだ、と裕也は思った。

 自分も噂を面白がって忍び込んだ人間ではあるが、もっと無邪気な気持ちからの事だった。ネットのコメントからは、自分が話題の中心になりたいという、いわゆる承認欲求の様なものが透けて見えて、裕也は恐ろしくなった。

「俺達も行ってみるか?」キヨが慎太郎に言った。「裕也、案内しろよ」

「やめとけよ……」

「何だよ、自分達だって行ったクセにさ」

「裕也」

 呼ばれて振り返ると、啓介が立って自分を呼んでいる。

「ちょっと、こっち……」

「ああ」

「何だよ逃げるなよ」

 キヨが食い下がってきたが、裕也は無視して立ち上がった。


「これ、見たか?」

 少し離れた場所に二人腰掛けると、啓介が携帯端末の画面を見せてきた。

 そこには、先ほど話していた『子供の幽霊を見た』という話が書かれていた。

「ああ……、キヨから聞いた」

「さすがにマズいだろ、これ」

「だよな……、子供、死んでないしね」

「もしこれがさ、その子供達の目に入ったらヤバいだろ。虐められでもしたらさ──」

「確かに。いや、マジヤバいじゃん。どうする?」

「いやどうにも出来ないだろ……。俺達が否定したところでさ、もうここまで広がってるんだし」

「だよなあ……。ごめんな、俺がキヨに話したから」

「いや、俺もひとの事言えないから……」

「参ったなあ……。なあ、これさ、またニュースに取り上げられちゃったりしないかな?」

「……あるかもな」

「そしたら最初の発信源とか調べられるのかな?」

「かもな……」

「……俺達、何も悪い事、してないよな?」

 二人の心の中に、あの時と同じ不安が湧き上がる。

「大丈夫だろ……。何も起きなきゃ……」

「いやいや、何もないでしょ。何が起きるってんだよ」

「これで子供が虐められて、自殺するとか……」

「やめろよ! マジで。──なあ、子供もSNSとかするのかな?」

「今時するんじゃないか?」

「……どうする?」

「取りあえず、関わらない様にするしかないだろ」

「だよな……」


 翌日になっても話題は拡散され続けた。

 何より裕也が驚いたのは「子供の幽霊を見た」と言う話が一番盛り上がっていた事だ。

 当然、事件の記事を引き合いに出し「子供は死んでいない。故に嘘だ」と反論する者は沢山いた。しかし、それに対して「それはメディアが仕組んだ嘘」「見つかった事にして犯人をおびき寄せるという警察の作戦」「実は犯人は有名な政治家の息子で、子供が殺されていたことは隠蔽された」等々、普通に考えれば信じられないような反論も(怪しい情報源のリンクと共に)多数見られた。そしてさらに驚く事に、そんなばかげた陰謀論に賛同する者も少なくなかった。「子供が殺されたのは本当」「実際に屋敷に忍び込んだが、現場には未だ血の跡がそのままにされていた」「誰もいないはずなのに子供の声が聞こえた。子供の幽霊は確実にいる」等々……。

 これだけ支持されているのを目の当たりにすると、裕也の自信も、ほんの少しではあるがぐらついてきた。

 自分は子供達が屋敷に忍び込んだ時には現場にいたが、子供が見つかった時にはその場にいたわけではない。陰謀論者が唱えるように、実は行方不明になった子供は殺されていた、という可能性は否定出来ないのではないか。妄想は妄想を呼び、不安は膨らんでいった。それは啓介も同じようだ。ふと目が合った際、そこに見える感情は明らかな不安だった。二人は意識的にその話題を避け、誰かが話題に挙げるとその場からそっと立ち去るようにしていた。一週間もすれば、きっとみんな飽きるだろう。そう考えていた。


 九月二十一日。ネットニュースを読んでいた裕也は、その記事を見て思わず携帯端末を落としそうになった。ニュースというより下手な作文といったレベルの文章だったが、まさかプロのライターがこんな事を話題に取り上げるなど、考えてもいなかった。

 そこには『現在、SNS上でちょっと話題となっている』という書き出しで、あのお化け屋敷の話が書かれていた。

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