三,稲葉啓介
1
八月十七日。午後十時。
二人は啓介の家にいた。
ニュースを見て、一先ず集まろうという事になったのだ。
テレビは付けたままだったが、今はもう、話題は別の事件に変わっている。
「おい、どうする?」
裕也が言った。
「どうするって……」
「俺達、捕まるのかな?」
「まさか」
否定しながらも、声が震えるのを感じた。
「逮捕ったって、俺達何もしてないだろ?」
「いや、まあそうだけど……」
「それに、俺達が出る時、子供なんて残ってなかったじゃないか」
「でもさ、どっか見えないとこに隠れてたら……」
「だとしても、俺達は何も悪くないだろう? 俺達が誘拐したわけじゃないし。別の誰かの仕業だとしても、子供が残っていることに気付かなかった俺達に何の罪があるんだよ!?」
本当にそうだろうか?
もし子供が死んでしまっていたら?
自分達は……本当に罪に問われないのか?
「大丈夫。証拠になるようなものは何も残してない」
「砂はよ?」
確かに、砂はシーツに残ったものは回収したが、床にこぼれた分までは全部拾ってきていない。
「砂くらい……、ちょっと落ちてたからって何もおかしくないだろ。それよりシーツはちゃんと捨てたか?」
「それは大丈夫。こないだのゴミの日に回収されてった」
「よし。それなら大丈夫。証拠は何もない」
「指紋は?」
「指紋?」
「一応事件なんだから、それくらい調べるんじゃないのか? 指紋を調べたり、聞き込みしたり……。ああ、俺達が屋敷に行くところ、誰かに見られてるかも……。なあ、俺達あの辺に知り合いいないし、見られてても大丈夫だよな?」
そう言われると、自信が揺らぐ。もし子供が死ねば、捜査もより詳しく行われるだろう。そうなれば、自分達に繋がる証拠だって出てくるかも知れない。自分達が直接殺したのでないとしても、何らかの罪に問われる可能性は、あるかも知れない。
「おい、どうするよ……」
裕也は泣きそうな声で言った。
「……取りあえず様子を見るしかないだろ」
翌朝のニュースでも事件は取り上げられていた。
いつの間に調べたのか、お化け屋敷の噂話まで紹介されていた。
『で、その噂は事実なんですか?』
コメンテーターの政治アナリストが、司会の男に訊いた。
『いえ、番組の調べによりますと、そういった事件はなかったようです』
「何だ、そうなのか」
裕也が眠い目を擦りながらいった。結局、二人とも一睡もしていない。
『そもそも、そのお屋敷は、以前はSの社長さんのご自宅だったそうで』
S──、司会の男は日本でも有数の企業の名前をあげた。
『Sの社長さんというと?』
『前社長のKさんです』
『何だ。Kさんならほんの十年前までご健在だったじゃないですか』
『ええ、ですからこの噂は、根も葉もない噂、という事になりますね。しかし、このお屋敷で事件があった、というのは事実の様です』
『と、言うと?』
『19■■年、というと、今から五十年ほど前ですか。そのお屋敷で、社長さんのお手伝いをしていた男性が二階の書斎で自殺されたそうなんですね。これは当時の新聞にも載っています』
『自殺』
『はい。ちょっと記事を見る限り、自殺の理由はわからなかったんですが』
『その記事に続報は?』
『今のところの調べでは、無いようですね』
『どうやって、その、自殺を?』
『家政婦の方が書斎で首を吊っているのを見つけたそうです』
『それで、現在の捜索状況なんですが。現場付近は小さな山になっていて、ほぼ手つかずの森が広がっているとのことで、三十名ほどの捜査員で、屋敷の中と森を捜索しているとの情報です』
『行方不明になってから、もう二日も経っているわけですよね?』
女のコメンテーターが不安そうな表情で言った。
『冬ではないので、凍死の心配はないかも知れませんけど……、この暑さですし、心配ですよね……』
『そうですね……。いや、先ほどヘリの映像でも見ていただきましたが、大人であれば、遭難する程の大きさの山ではないと思うんですよ。まあ、でも子供ですし。やはり怪我などしていた場合、動けずにいる可能性はありますよね』
『この暑さだと、熱中症の心配もありますよね』
『そうですねえ、お腹も空いてるでしょうしねえ』
『最初の報道では誘拐の可能性もあると言っていましたが?』
『あ、ええ、それに関しては、今日になっても犯人からの連絡などない事から、警察も身代金目的の誘拐という可能性は低いと見ているようです』
『でも、誰かが連れ去ったとして……、身代金目的とは限らない、ですよね』
『はい。身代金目的の誘拐でないとしても、誰かが連れ去った可能性は否定できないですから、もちろん、その可能性も踏まえて捜査しているとの事です』
『目撃情報などはあるんですか?』
『いや、今のところ有力な情報はないそうです。現場は住宅地の奥、しかもそこから獣道みたいなところを上った先にあるそうですからね。山の麓の住民は、一昨日の夕方頃子供の声を聞いた、とは証言しているそうなんですけどね』
『建物の中はすでに調べられたんですよね?』
『建物は三階建てだそうなんですが、一階部分と二階部分は全て調べたとの情報です』
『三階は?』
『三階に上るための階段が、老朽化の為崩れていて、ちょっと簡単には上れないそうなんですよ。そこで捜査員ははしご車を使って、三階の窓から中に入り、捜索予定との事です』
『ユウキ君が上った為に階段が崩れた、とか……?』
『それだと階段と一緒に落ちてしまった、何て事は──』
『それはない模様です。階段が崩れたのはもっと前の様です』
『ははあ、それだとやっぱり、森の中ですかね』
『うーん、やっぱり、その可能性が高いんじゃないですかねえ』
『そうですねえ……。この事件につきましては、また新しい情報が入り次第、番組の中でお知らせ致します──』
「……どう思う?」
二人は無言でCMを眺めていたが、沈黙に耐えきれなくなったように裕也が言った。
「いや、どうって……」
「俺達に、責任ってあるかな?」
「……まあ、全く責任がないとは言えないかも知れないけど……」
「自首した方が良いかな?」
「自首って。俺達、犯人じゃないぜ? それに、俺達が出てったところで子供が見つかるわけでもないだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
「もう少し様子を見よう。何か俺達が疑われるような事があれば、その時こそ堂々と出て行けば良いじゃないか」
「……学校にバレたら、やっぱ退学だよな……」
裕也は基本的には楽天家だが、一度マイナス思考に陥ると、なかなかいつものプラス思考へ戻れないところがある。
啓介も、決して今の状況を楽観視しているわけではない。心の中で何度も「自分達は悪くない」「自分達は関係ない」と繰り返し、自分に言い聞かせる事で平静を保っていた。
「とにかく、俺昼からバイトだから。ちょっと寝させてくれよ。バイト終わったらそっち行くから。裕也、今日バイトないだろ?」
「ない。あー、でもいっそあって欲しかった」
「とにかく、夜、お前ん家で」
啓介は祐介を立たせると、追い出すように帰らせた。
そして、ベッドに横になった。
頭の中では、言葉にならない思考が浮かんでは消えていく。
啓介は携帯端末を取り出し、今日はバイトを休ませて欲しい、と職場へ連絡した。
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