「絶対に行くなって言っただろう!」

 僕が家に帰るとすぐお父さんが帰ってきた。そして開口一番、僕を怒鳴りつけた。

「ごめんなさい」

 叩かれるかと思って身を竦めたが、お父さんは手をあげることはしなかった。

「どうして行ったんだ? どうして……」

「ごめんなさい……」

 もはや謝るしかなかった。他に言葉もない。

「ハルカ、ユウキ君は? どうなんだ?」

「これから警察が捜しに行くって。もう、向かってると思う」

「そうか……」

 お父さんはそれ以上は何も訊かず、リビングの椅子に座ってうつむいてしまった。

「タクミ……、今日は早く寝なさい」

「でも……」

「でもじゃない。お父さんだってもっと叱ってやりたいが……、まずは、ユウキ君が無事見つかるのを待つしかないだろう」

「アツシさん、実家には、明日は行けないって電話しておくわね」

「ああ……、そうだな」

「理由は? 何て言おう?」

「本当の事はちょっと……、都合が悪くなったと、誤魔化すしかないだろう」

「そうよね……。わかった、任せて」

「頼んだ」

「あ、そうだ、ご飯は出来てるから、二人とも自分でよそって食べて」

「わかった。タクミ。ご飯食べたらすぐ寝なさい。話は明日だ」

「うん……」

 僕はキッチンへ向かった。食欲なんてなかったが、せめて言われた通りにするしか、今の僕には出来ないと思った。


 翌日。朝になってもユウキが見つかったという知らせは来なかった。

 警察は屋敷の中を隈無く捜したそうだが、ユウキの姿はなかったらしい。

 夕方、ニュースでこの事件が取り上げられていた。それをテレビで見て、僕は改めて、自分がしてしまった事の重大さに震えた。


『昨日午後六時頃、K県S市、井上裕樹くん十一歳が、友達と遊びに出た帰りに、行方がわからなくなりました。警察の調べによりますと、裕樹君は、友達三人と近所の空き家に忍び込み、その後、行方がわからなくなった模様です。一緒にいた友人は「中に誰かがいた」と話しているとの情報があり、警察は誘拐の可能性もあるとみて捜査しています──』


 誘拐の可能性──?

 その言葉に僕は少しだけ驚いた。考えてもいなかったからだ。

 なるほど、確かに僕らが見た(見たと思った)のがお化けでないとしたら、もしそれが人間だったとしたら、その人間がユウキを誘拐した可能性はあるかも知れない。

(でも……)

 でも、あれはやっぱりお化けだったんじゃないだろうか。

 確たる理由は何もなかったけれど、僕はその可能性をどうしても否定できなかった。

 もし、扉が開いたのが寝室の方であれば、きっと僕もお化けじゃなくて誰か人間だったのだと思っただろう。なぜなら、寝室から女の人の霊が出てくるという噂は嘘なのだから。でも、あの時開くのを見たのは書斎の扉だった。即ちお化けの仕業である、と言えないことはもちろんよくわかっている。それでも僕は──、あれは、お化けの仕業だった気がしてならなかった。

じゃあユウキは?

 ユウキは、お化けに連れ去られたのだろうか?

 ユウキは今どうしているんだろう?

 ユウキは……。

 僕はソファの隅っこに座って小さくなっていた。

 お父さんは警察に呼ばれて出て行った。

 お母さんはソファの反対側の隅に座って、携帯端末をいじっていた。たぶん、他のお母さん達と連絡を取っているんだろう。

 あの時、僕が怖がらず「探しに行こう」と言っていたら、こんな事にはならなかったのだろうか。シンゴに「探しに行こう」と言っていれば……。僕は……。


 ユウキが見つかったという連絡が入ったのは、八月十八日の昼過ぎの事だった。

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