僕らは屋敷から一番近いユリの家へと駆け込んだ。

 家にはユリのお母さんがいた。僕らの姿を見るなり、何かあったとわかったのだろう「早く、入りなさい」と家の中に招き入れた。

 今さっき起きたことをシンゴが興奮した様子で話した。僕も少しずつ落ち着いて来たので、シンゴの説明を補足した。ユリは泣いていた。

 ユリのお母さんは冷静だった。僕らの話を聞き終わると、ポケットから携帯端末を取り出し、すぐに警察へ連絡した。そしてそれから、僕とシンゴ、ユウキの家へと電話をかけた。

 その頃には、僕も、シンゴも泣いていた。

 安心と、情けなさと、悔しさと、恐怖と──。様々な感情が涙となってあふれ出した。


 電話をしてから十分もしないうちに、お巡りさん、僕らの親、と立て続けにユリの家へとやってきた。お巡りさんは二人でやってきて、一人はユリのお母さん、もう一人は僕らに事情を聞いた。

「──中に誰かがいたんだね?」

 お巡りさんは「お化けが出たんだね?」とは訊かなかった。

「見てはいないけど……、音がして、ドアが開くのを見ました」

 僕とシンゴが声を合わせて言った。ユリも肯いていた。

「それで階段を駆け下りて、外に飛び出した……。外に出る時までは、ユウキ君は一緒だった?」

 僕らは顔を見合わせ、首を横に振った。

 階段はどんな順番で上っていたのだったか。シンゴが先頭で、ユウキは……、ユウキは二番目だった。その後ろをユリがおっかなびっくり上っていって、僕は一番後ろからユリを支える様に上っていたんだ。と言うことは──、

「ユウキ君を最後に見たのは?」

「僕だと思います」

 シンゴが手を挙げた。

「僕が先頭で階段を上ったから、下りる時は、ユウキ君を、追い越したと、思います」

「はっきりとは覚えてない?」

「……はい」

「君はどう?」

 お巡りさんは、今度は僕の方を向いて言った。

「僕は……、階段の一番下にいたので、一番最初に外に出ました……」

「ユウキ君の事は? 見た?」

「いえ……」

「じゃあ、君はどうかな?」

 今度はユリが質問された。ユリは泣き止んでいたが、隣に座ったお母さんの手をぎゅっと握って放さなかった。

「私……、泣いちゃって……、覚えて、ません」

「そうか。うん、ありがとう。君たち、また何か思い出したらお巡りさんに教えてね」

「はい」


 僕らがお巡りさんに質問されている間、僕のお母さんとシンゴのお母さん、そしてユウキのお母さんの三人は何かを話している様だった。ユウキのお母さんは時々ハンカチで目を押さえながら、話していた。その度に、僕とシンゴのお母さんは「そんなことないわよ」とか「きっと大丈夫よ」とか声をかけていた。

 お巡りさんから僕らが解放されると、お母さん三人がこちらにやってきた。僕らはきっと怒られると思い、体を硬くした。

「お化け屋敷に行こうって言い出したのは誰?」

 シンゴのお母さんが訊いた。

「僕です」

 シンゴが涙声で言った。

「そう……」

 やっぱりね、と言った様にため息を吐く。

「シンゴ、みんなを無理矢理連れてったんじゃないでしょうね?」

「違います!」

 僕とユリが同時に叫んだ。

「そう……」

「危ないからあそこには行かないって、約束してたじゃない」

 僕のお母さんが言った。怒っているというよりは、悲しいといった表情に見えた。

「ごめんなさい……」

「中には誰かいたの?」

 ユウキのお母さんが訊いた。ユウキのお母さんはいつもすごく優しい。この時も、僕らに対して怒っている感じは全くなかった。それでも僕らは申し訳なさから心がえぐられるような思いだった。

「いました」

 シンゴが言った。

「僕は……、僕らはそれをお化けだと思ったん、ですけど、確かに、何かいました」

「姿を見たの?」

 お巡りさんにされたのと同じ質問だった。

「見てないです。でも音がして、ドアが開くのを見ました。だよな?」

 シンゴの問いに、僕とユリは首を縦に振って答えた。

「風とかじゃなくて?」

「違うと思います」

 僕も同意した。あの時、風は吹いていなかった。たぶん。確か、そうだったように思う。

「そう……」

 ユウキのお母さんはそう言って黙ってしまった。

 そこへまたお巡りさんがやってきた。

「井上さん」

「はい」

「これから応援を呼んで、山の上の廃屋の探索に向かいます。私と奥さんはご自宅の方で待機しましょう。ご主人には?」

「あ、はい、連絡しました。あと……、三十分くらいで帰ってくると思います」

「わかりました。他のみなさんはご帰宅いただいて結構ですが、家の外には出ないようにしてください。念の為、ご自宅の連絡先を教えてください。何かありましたら連絡しますので──」

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