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翌日。
プールでたっぷり二時間ほど遊び、僕らは一旦解散となった。
シンゴは「昼飯食ったらまた遊ぼうぜ」と言ってきたが、僕は用事があるからと断った。
家に帰ると、お母さんが昼食を用意して待っていた。
「食べたら明後日の支度しちゃいなさいよ」
明後日からお母さんの実家へ二泊三日で行く予定になっている。
「えー、明日で良いじゃん」
「支度はね、多少余裕を持って終わらせといた方が良いの」
「支度って言っても着替え用意するくらいじゃん。すぐ出来るし」
「去年ゲームの充電器忘れたって言って大騒ぎしたの誰よ」
「ゲームは明日も使うし」
「ともかく、今日のうちに出来ることはやっちゃいなさい」
「はーい、じゃあ夕ご飯食べたらやる」
「今やりなさいって」
「おじいちゃんとこ行くから」
「おじいちゃん? ああ、お義父さんのところ?」
「うん」
「遊びに行くの? おじいちゃんには連絡した?」
「まだしてない。食べたらする」
おじいちゃんはもうお仕事をしていないので、基本的にいつもお家にいる。おじいちゃんは色んなお話しをしてくれるし、一緒に遊んだり出かけたりしてくれるから、僕は休みの日はよく一人でおじいちゃんの家に遊びに行く。行く前には一応、一本電話をしてから行くのがルールだった。おばあちゃんが生きていた頃はそんなに頻繁には遊びに行かなかったけれど、おばあちゃんが死んでから、僕はおじいちゃんが心配でよく遊びに行くようになった。おじいちゃんは僕が遊びにくると、すごく嬉しそうにしてくれる。その顔を見ると、僕も嬉しくなる。
「夕ご飯までには帰ってくるのよ?」
「うん」
昼食を食べ終わった僕は、さっそくおじいちゃんに電話をした。
『はい、佐藤です』
「おじいちゃん、これから遊びに行って良い?」
『おお、タクミか。もちろん、どうぞどうぞ』
「じゃあすぐ行くね」
『夕飯は食べるか?』
「ううん、大丈夫」
『わかった。じゃあ気をつけておいで』
「うん」
受話器を置いた僕は、特に支度をする必要もないのでそのまま玄関へと向かった。
「お母さん、行って来ます」
「あら、もう行くの? 行ってらっしゃい」
お母さんがリビングから顔を出して言った。
「行って来ます」
僕はもう一度言って、玄関を出た。
家からおじいちゃんの家までは、歩いて十分程の距離だ。僕の家がある住宅街を抜けて、バス通りを少し歩いた先にある。この住宅街が出来る前ここには工場があったと、おじいちゃんが以前話してくれた。あの幽霊屋敷の主は、その工場の社長さんだったとも話していた。その時はそれ以上詳しく聞かなかったので、今回はもっと詳しく聞いてみようと思った。
──ピンポーン
「いらっしゃい」
インターホンを鳴らすと、すぐにおじいちゃんが出てきてくれた。
「で、今日は何しに来たんだ?」
リビングへと並んで歩きながらおじいちゃんが訊いた。
「うん。あのさ、お化け屋敷の話聞かせて」
「お化け屋敷? ああ、山の上の?」
「うん、そう」
「ああ、良いとも。じゃあちょっと座って待ってなさい。麦茶で良いか?」
「ありがとう」
おじいちゃんはキッチンへ向かうと、二つのグラスに氷と麦茶を入れて持ってきた。お盆の上にはおせんべいの袋も一緒に乗っかっている。
「えーっと、何から話そうかな」
「おじいちゃんがここにお家を建てた時には、もうあそこはお化け屋敷って言われてたの?」
歩いてくる途中で質問は考えておいた。
「うん、そうだな。確かに、この家を建てた時にはあの家に幽霊が出るって噂はもうあったな」
「そうなんだ」
「でも、その前にはなかった」
「その前?」
「お前の家の辺りが昔工場だったっていうのは、確か前に話したな?」
「うん」
「おじいちゃんのお父さんはその工場で働いていたんだよ」
「そうなんだ!」
「その頃おじいちゃん達は隣町──今で言うU町の方に住んでいたんだよ。だからおじいちゃん、時々自分の父親の仕事場に遊びに行ってたんだ。おじいちゃんのお父さんは工場の中では結構偉い人だったからね。遊びに行っても何も言われなかったんだ」
「すごいね」
「まあ今思えば邪魔くさいガキだったろうけどね。それで、父親に連れられて、あの山のお屋敷にも何回か行った事があるんだ」
「お化け屋敷に?」
「あの頃はまだお化け屋敷じゃなかった。あそこには工場の社長さんが、奥さんと一緒に住んでいたんだ」
「奥さんって、あの、お化けになった?」
「うん? 奥さんがお化けに? ……タクミ、お前が知ってるお化けの噂ってどんなのだい?」
「えっと──」
僕は知っている限りの話を、出来るだけ詳しく話した。
「──それで、自殺した奥さんのお化けが『ずる……、ずる……』って出てくるんだって」
ずっと黙って僕の話を聞いていたおじいちゃんが、話が終わると突然笑い出した。
「はっはっは、そうか、そんな噂になっていたのか」
「どうしたの?」
「うん。おじいちゃんが知っている話と、ずいぶん違うなと思って」
「そうなの?」
「まず、奥さんは自殺なんてしていない」
「え? ほんと?」
「ええっと、何処から話そうかな……」
おじいちゃんはボトルからグラスへ麦茶を注ぎながら話し始めた。
「おじいちゃんが子供の頃だから、今から五十年以上前だな。あの屋敷には工場の社長さんが住んでいた。工場は今で言うSと言う会社の工場だ」
Sは僕でも知っている有名な車の会社だ。
「じゃあ潰れたっていうのも嘘なの?」
「そうだな。実際には潰れたわけじゃない。Y市にある工場を大きくして、そっちの方に統合したんだ。おじいちゃんのお父さんもそれでY市に転勤したんだ。ついでに言うが、社長さんも確か十年くらい前まではまだ生きていらしたよ」
「なあんだ。じゃあお化けの話は嘘なんだね」
「うん。でも、おじいちゃんが昔聞いた方の話は、もしかしたら本当かも知れない」
「どんな話?」
「おじいちゃんが大人になって、ここに家を買った時には、こんな噂があったんだ。自殺した、男の霊が出るって」
「男の人? 女の人じゃなくて?」
「そうだ。そしてこの話にはちゃんと元になる事件があったんだ。工場が移転する少し前の事だ、あのお屋敷の書斎で、昔風に言うと書生さんというのかな、若い男が首を吊って死んだんだ。それは新聞にも事件として載ったし、実際に騒ぎになってたのを覚えてる」
「書生さんって?」
「うーん、お手伝いさんみたいなものかな。秘書って程でもない。学生さんが勉学の合間に住み込みで働くんだ。仕事の内容から言えば、雑用係と言った方が近いかも知れないね」
「何で自殺したの?」
「さあ、おじいちゃんも子供だったからね。でも後から聞いた噂では、社長の娘との恋愛を、社長に反対されて、というもっともらしい理由がついていたね」
「本当なの?」
「いや、確か社長さんには娘さんはいなかったと思う。息子さんはY市の工場の方で工場長をされていた」
「なーんだ、それも嘘なのか」
「でも書生さんが自殺したのは事実だ。そんな理由もあって、工場が移転する少し前に社長さんは引っ越してしまった。それからあのお屋敷は、ずっと空き家のまま何だよ」
おじいちゃんは「ふう」とため息をついて、麦茶をごくっと飲んだ。
「お父さんが知ってるお化け屋敷の話ってどんなの?」
夕食の席で、僕はお父さんに聞いてみた。
「何だ突然」
「今日おじいちゃんに訊いたら、昔と今だと話が違うって」
「へえ、そうなの?」
お母さんが興味深げに聞いてきた。お母さんはホラーとかお化け屋敷とか、そういったものが大好きだった。
「うん。今は女の人の霊が出るって話だけど、昔は男の人の霊が出るって言ってたんだってさ」
「そうなの? ねえ、あなたが子供の頃はどうだったの?」
「……男の霊、って話だったかな」
お父さんは何だか少し嫌そうな顔で答えた。
「いつから女の人の霊に変わったんだろう」
「……お父さんが子供の頃だ。ある時から『あそこに出るのは男の霊じゃない。本当は女の霊が出るんだ』ってな」
「何がきっかけだったのかしらね?」
「さあ、どうだったかな。そこから噂に尾ひれが付いて、今の話になったんだろう」
お父さんは「この話はこれで終わり」とばかりに味噌汁をすすった。本当に、お父さんは怖い話が苦手だ。お母さんと僕がホラー映画を見る時も、一人で別の部屋に行ってしまう。バラエティ番組のちょっとした怪談話でも、気がつくと別の部屋に逃げてしまう。
「面白いわね。ねえ、おじいちゃんから聞いた話、詳しく聞かせてよ」
「うん、あのね──」
僕が話し始めると、お父さんはさっさとご飯を食べ、食器を片付けるとお風呂に向かった。
本当に、お父さんは怖い話が苦手だ。
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