二,佐藤巧、荒川伸吾、伊藤由梨、井上裕樹

「お化け屋敷に探検に行こうぜ!」

 夏休みも中盤に差し掛かったある日、そう言い出したのはもちろんシンゴだった。

 彼が言う「お化け屋敷」とは、僕らが住む住宅街の外れにある、小さな山の上にある空き家の事だ。空き家と言っても普通の家ではなく、まるで貴族が住むようなお屋敷で、自殺した女の人の霊が出ると、この辺の子供達の間では昔から有名だった。

「えー、危ないんじゃない?」

「大丈夫だって。ユウキんとこの兄ちゃんも行った事あるって言ってたんだろ?」

「うん……」

「だから危なくないって。俺達も行こうぜ!」

 シンゴはいつも強引なところがあるが、今回の理論も大分強引だった。ユウキのお兄さんが行った事あるからって、それが危険はないという証明にはなるはずもない。

「タクミくんも行く?」

 ユリが訊いてきた。ユリはシンゴの幼なじみで幼稚園の頃から仲が良かったらしいが、小学校に上がってからも女子のグループには属せず、何故か僕らと同じグループにいた。

 僕とシンゴとユリとユウキ──、僕らは毎日のように一緒に遊んでいた。リーダーはもちろんシンゴだ。某名作アニメのキャラクターのような乱暴者ではないけれど、強引なところと体型はちょっと似ていた。ユリはあまり自己主張をしないタイプで、いつもシンゴに振り回されていた。それでも一緒にいるのは、たぶん、ユリもシンゴもお互い好き合っているからだと、僕は考えていた。

 僕──佐藤巧もあまり自己主張が激しい方ではないが、四人の中では一番勉強が出来たから、何かを考える場面なんかでは頼りにされる事が多かった。

 ユウキは……、正直、何を考えているかよくわからない。悪い奴ではないけれど、感情の浮き沈みが激しく、自ら率先して場を盛り上げてくる日もあれば、一言も喋らずにいる日もあった。この日はどちらかと言うと大人しい日で、自分からは進んで話そうとしなかったが、僕らは慣れているので気にしていなかった。

「今から行くか?」

 シンゴが訊いた。

「いや、もう六時になるし、今日は止めとこうよ」

「そうだな」

 僕が言うと、シンゴはあっさりと引いた。いつもこんな調子なのだ。

「じゃあ明日にするか」

「私、明日は習い事があるから……」

 ユリが言った。

「そうか……、じゃあ明後日は?」

「僕は大丈夫。気は乗らないけど……」

「私も……、ホントに行くの?」

「行こうぜって。ユウキは?」

「……うん。大丈夫」

 ユウキはぼんやり空を眺めながら言った。

「よし、じゃあ決まりだな。明後日の五時に『お化け坂』の下で集合な!」

 お化け坂というのは、件の屋敷に続く坂の事だ。脇道もない、森に囲まれたその道は、それ自体が肝試しスポットとなっている。

「五時? ちょっと遅くないか?」

「でもよ、あんま早いと怖くないだろ?」

「私、昼間でも怖いよ……」

「大丈夫だって、ユリは俺の後ろに隠れてれば良いからさ」

「うん……」

「タクミもさ、六時半までに帰れれば良いだろ? なら五時で大丈夫だって」

「うーん……」

「ユウキは大丈夫だろ?」

「うん。大丈夫」

「じゃあ決まりな! あ、タクミとユウキは明日もヒマだろ?」

「うん」

「プール開放行こうぜ!」

 僕達の小学校は夏休み期間中、プールを無償で一般に開放しており、皆はそれを指してプール開放と呼んでいた。

「良いよ」

「じゃあ三人で行こう! 朝九時集合な!」

「私も行く! アキちゃんとメイちゃんも誘って良い?」

「ユリは習い事なんじゃなかったのかよ」

「夕方からだから大丈夫。ねえ、誘って良い?」

「好きにしろよ」

 こうして「お化け屋敷探検」の予定が決まった。

 僕はユウキのまねをして空を見上げた。

 雲一つない八月十四日の空は、だんだんと夕景に変わり始めていた。


「お父さん、あそこのお化け屋敷知ってる?」

 夕食の席で、僕は何となくお父さんに訊いてみた。

 お父さんは何故だか一瞬、少し驚いた様な顔をしたが、すぐ真顔に戻って「ああ」と短く答えた。

「お父さんが子供の頃からあったの?」

 お父さんもこの辺の生まれで、生まれてからずっとこの町で暮らしている。

「そうだな。お父さんが子供の頃にも、もうあそこはお化け屋敷って呼ばれてたな」

「ほんと? じゃあ、もう四十年くらい前から空き家なんだね」

「うん。少なくとも三十年前にはぼろぼろだったからなあ」

「お父さん見たことあるの?」

 僕が訊くと、お父さんは少し困ったような顔をした。

「ああ、そうだな。子供の頃、見に行った事があるよ」

「中には入った?」

「……いいや。中には、入ってないな。お父さん、お化けとか苦手だからな」

「そうよね、あなた、お化け屋敷とか絶対入らないもんね」

 お母さんが笑った。お父さんは少しムッとした顔でご飯を口に運んだ。

「お母さんは知ってる?」

「もちろん。でも知ったのは結婚して、この家に引っ越してきてから」

「そっか、そうだよね」

 おじいちゃんおばあちゃんの家──お母さんの実家はS県にある。子供の頃、お化け屋敷の話を知らなくて当たり前だ。

 ちなみにお父さんの方のおじいちゃんは、この家の近所に住んでいる。おばあちゃんは一昨年病気で、亡くなってしまった。おばあちゃんが死んだ時、おじいちゃんは本当に悲しそうだった。今はずいぶん元気になったけど、あの時はおじいちゃんも一緒に死んじゃうんじゃないかって、本気で心配した。お父さんはおじいちゃんに一緒に住もうって言ったけれど、おじいちゃんは「まだ大丈夫」って言って、断っていた。たぶん、おばあちゃんと暮らした家を離れたくないからなのだと、ずっと後になってから思った。

「おじいちゃんはあのお化け屋敷に人が住んでた時の事を知ってるかな?」

「そうだな。知ってるんじゃないかな。気になるのか?」

「うん、今日、シンゴ達と話してる時に、お化け屋敷の話になってさ」

 流石に、明後日探検しに行こうと思っている、とは言わなかった。

「そうか……。気になるのは仕方ないが、危ないから絶対行くんじゃないぞ?」

「危ないとかじゃなくて、そもそもひと様の敷地に勝手に入っちゃダメでしょ」

 お母さんが厳しい口調で言った。

「うん。大丈夫だよ。僕も、お化け屋敷とか苦手だし……」

 僕は嘘を吐いている事がだんだん心苦しくなってきたので、そこでその話題は止める事にした。

 明日プールに行った後、おじいちゃんの家に寄って来よう。どうせ行くなら、前情報はいくらあったって良い。僕は少しだけ、明後日が楽しみになって来ていた。

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