2
翌日の昼過ぎ。起きたばかりの二人は食料の調達も兼ねて、計画に必要な材料を買いに出かけた。
天気は昨日と打って変わって快晴。雲一つない空から容赦なく照りつける日差しが、彼らの肌をじりじりと焼いた。
「……日が落ちてから出かければ良かったんじゃね?」
滴る汗もそのままに裕也が言った。
「お前んち、食うもん何もないし、仕方ないだろ。俺も暑いよ」
啓介は首に巻いたタオルでゴシゴシと顔を拭いた。
「お前の方が髪が短いんだから、俺の方が暑いはず」
裕也が言った。
「お前の方が髪色が明るいから、俺の方が光を吸収して暑いはず」
負けじと啓介が返した。
「お前の方が背が低いから、太陽に近い俺の方が暑いはず」
「お前の方が貧乏だから、俺の方が暑いはず」
「何だよその理由」
「懐が寒くて快適だろ」
「おうおう、何だ、じゃあお前の財布の中身をもらってやろうか? 暑くて暑くて大変なんだろ?」
「いやいや、お前に苦労をかけるわけにはいかねえよ」
「じゃあ取りあえず、昼飯はお前のおごりな」
「却下で」
くだらない話をしながら十分程歩き、二人は近所のスーパーマーケットへとやってきた。
「弁当は後回しな」
そう言って裕也は二階へと上がった。
昨夜の作戦会議の際、二人の意見はなかなかまとまらなかったが、『お化けやるならシーツは必須』という点についてだけは完全に一致した。
「げ、シーツってけっこうするのな」
二階、寝具売り場で最安のシーツを探しながら裕也が呻いた。
「まあ新品ならこんなもんじゃね?」
「千円以上かけるとか馬鹿らしくない?」
「言い出しっぺがケチ臭い事言うなよ」
「俺はお前より懐が寒いんだよ」
「あ、じゃあさ、あそこのリサイクルショップに行ってみるか?」
「あそこって……、ああ、お前んちの近くの?」
二人の家は、最寄りの駅を挟んで真逆の位置にある。駅の東口から徒歩十分のところに裕也の家、駅の西口から徒歩十分ほどのところに啓介の家。お互いの家から家へは二十分ちょっとかかる計算だ。
「こっからだと三十分以上歩くじゃん? 行くなら夕方に行こうぜ」
「そうだな。取りあえず一階で弁当ゲットして、お前の家に戻るか」
午後五時。まだ日差しは痛かったが、店が何時に閉まるかわからなかったので、二人は目的のリサイクルショップへと向かった。その店は駅から歩いて十五分ほど行ったところの、密集した住宅地の中にあった。一見「ゴミ屋敷」のようなその店には看板などは何もなく、道路にはみ出すように並べられた「商品」達に貼られた値札が、ここが店であることを知らせていた。入口は成人男性ならば体を横にしないと入れないほど狭い。店内へ入ってからも、ところ狭しと並ぶ商品で、目当ての物を探し出す事すらままならない状態だった。客が入っているところなどほとんど見かけたことがないが、裕也が子供の頃からあるというから、それなりに売り上げはあるのだろうか。
「そういえばさ、あの店ってシーツとか売ってんの?」
裕也が訊いた。
「確か店の奥の方で、古い布とか端布とか売ってたと思うんだよね」
「ああ、何か俺も見た覚えあるわ」
「だろ?」
「汚いし、買う事もないから気にしてなかったけど。まさか必要になる日が来るとは」
「お化けの衣装には最適だろ」
二人の計画はこうだ。
まず子供達が来そうにない昼間のうちに屋敷に忍び込み、二階の寝室に隠れる。そして子供達が肝試しにやってきたら、シーツの端に重しをつけたものを引きずって、件の「ずる……、ずる……」という音を立てて驚かす、という一晩かけて考えたとは思えないほど、非常にシンプルなプランだ。別に適度な大きさの布であればシーツである必要はなかったが、二人とも、どうしてもそこは譲れなかった。
「いらっしゃいませ」
店に入ると埃っぽいにおいが鼻をついた。お世辞にもきれいと言えない店内は物で溢れている。声は聞こえたが店員の姿は見えない。何もかもが、がらくたの中に埋もれているのだ。
二人はがらくたをかき分け、まっすぐ店の奥へと向かった。
「お、これじゃね」
裕也が指さした先には、いかにも古そうな布達が筒状に丸めて置かれていた。
適当な物を取って少し広げてみる。
「これで良いっしょ?」
「いくら?」
「ええっと……、五十円」
元は白かったであろうその布は、今ではすっかり茶色く変色してしまっていた。虫喰いの穴も見える。酷い破れなどはないだろうか。広げてみない事にはわからない。
「五十円か……、高いな」
「馬鹿かよ。さっさと買おうぜ」
レジへ向かうと、店員が待ちかねたように立っていた。
「これ、お願いします」
「はい、五十円になります」
値札も見ずに店員は答えた。
「あの、すいません、これってシーツですか?」
裕也が訊いた。
店員は一瞬考えた表情をしてから布を手に取り、半分広げたところで「……シーツですね」と、自信なさげに答えた。
「あ、ありがとうございます」
「何確認してんだよ」
「良いだろ、別に。買ってみたらでっかいパンツだった、とか困るだろ?」
「馬鹿」
言いながら啓介が五十円をキャッシュトレイへ置いた。
「ありがとうございました」
硬貨を受け取った店員が頭を下げる。
「ありがとうございました」
言って裕也も啓介に頭を下げた。
「さて、シーツが手に入ったわけだが」
啓介の家に着いて一段落ついた頃、裕也がシーツを手に取った。
「取りあえず被ってみるか?」
「俺、パス」
両腕でバツを作って啓介が言った。
「何でだよ」
「いや、だってそれめっちゃ汚いじゃん」
「お前が買ったんだろ?」
「俺が、お前に、買ってやったんだよ」
「……逆らえねえ。スポンサーには逆らえねえよ……」
裕也がシーツを広げようとすると、目に見えて大量の埃が舞った。埃と黴の臭いが二人の鼻をついた。
「ちょっと、裕也、お前それベランダで広げろよ」
「へーい」
言われた通りにベランダへ行き、広げたシーツをばさばさ振ると、夕日に埃がきらきらと輝いて見えた。布はその全面に、まるで異世界の地図のような茶色いシミが広がっていた。細かな穴も所々にあったが、大きく破れているような箇所はなかった。
広げたシーツを一旦丸め、裕也はキッチンへと戻った。裕也の家はワンルームの和室だが、啓介の家はワン・ケイで、全体的に洋風の作りだ。床もフローリングで、キッチンには簡素なテーブルと椅子が置いてある。
「よし、じゃあ、被って」
啓介に言われるまま、裕也はシーツを被った。
「おお、結構雰囲気あるぞ」
「マジ? ちょっと、俺見えないんだけど」
「後で写真で見せるよ。じゃあちょっと歩いて見せて」
「はい、監督!」
足を引きずるような感じで歩いてみる。
「手で引きずるより、被った方がリアリティある音になりそうだな」
「だな。で、その肝心の音はどうよ?」
シーツが立てる衣擦れの音は「ずる……、ずる……」と言うより「さあっ、さあっ」と言う方がしっくり来る。
「うーん、やっぱ重し付けないとダメだな」
「俺もそう思う」
「裾のとこに、重し入れられるポケット作るよ」
啓介はボタン付け程度の裁縫なら自分で出来る。裁縫道具も、簡単なものだが家に置いてあった。それは啓介が一人暮らしを始める際に、「ボタンくらい自分で付けられないと」と母が置いていったものだった。
「よろしく頼むぜ!」
「よし、じゃあお前は今夜の酒を買ってこい」
「はい、監督!」
そのまま飛び出して行く裕也の背中を見送りながら、啓介は、
(発泡酒のロング缶が、一本約二百円。シーツが五十円だから……、裁縫の手間賃は百五十円くらいか)などと考えていた。
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