翌日の昼過ぎ。起きたばかりの二人は食料の調達も兼ねて、計画に必要な材料を買いに出かけた。

 天気は昨日と打って変わって快晴。雲一つない空から容赦なく照りつける日差しが、彼らの肌をじりじりと焼いた。

「……日が落ちてから出かければ良かったんじゃね?」

 滴る汗もそのままに裕也が言った。

「お前んち、食うもん何もないし、仕方ないだろ。俺も暑いよ」

 啓介は首に巻いたタオルでゴシゴシと顔を拭いた。

「お前の方が髪が短いんだから、俺の方が暑いはず」

 裕也が言った。

「お前の方が髪色が明るいから、俺の方が光を吸収して暑いはず」

 負けじと啓介が返した。

「お前の方が背が低いから、太陽に近い俺の方が暑いはず」

「お前の方が貧乏だから、俺の方が暑いはず」

「何だよその理由」

「懐が寒くて快適だろ」

「おうおう、何だ、じゃあお前の財布の中身をもらってやろうか? 暑くて暑くて大変なんだろ?」

「いやいや、お前に苦労をかけるわけにはいかねえよ」

「じゃあ取りあえず、昼飯はお前のおごりな」

「却下で」


 くだらない話をしながら十分程歩き、二人は近所のスーパーマーケットへとやってきた。

「弁当は後回しな」

 そう言って裕也は二階へと上がった。

 昨夜の作戦会議の際、二人の意見はなかなかまとまらなかったが、『お化けやるならシーツは必須』という点についてだけは完全に一致した。

「げ、シーツってけっこうするのな」

 二階、寝具売り場で最安のシーツを探しながら裕也が呻いた。

「まあ新品ならこんなもんじゃね?」

「千円以上かけるとか馬鹿らしくない?」

「言い出しっぺがケチ臭い事言うなよ」

「俺はお前より懐が寒いんだよ」

「あ、じゃあさ、あそこのリサイクルショップに行ってみるか?」

「あそこって……、ああ、お前んちの近くの?」

 二人の家は、最寄りの駅を挟んで真逆の位置にある。駅の東口から徒歩十分のところに裕也の家、駅の西口から徒歩十分ほどのところに啓介の家。お互いの家から家へは二十分ちょっとかかる計算だ。

「こっからだと三十分以上歩くじゃん? 行くなら夕方に行こうぜ」

「そうだな。取りあえず一階で弁当ゲットして、お前の家に戻るか」


 午後五時。まだ日差しは痛かったが、店が何時に閉まるかわからなかったので、二人は目的のリサイクルショップへと向かった。その店は駅から歩いて十五分ほど行ったところの、密集した住宅地の中にあった。一見「ゴミ屋敷」のようなその店には看板などは何もなく、道路にはみ出すように並べられた「商品」達に貼られた値札が、ここが店であることを知らせていた。入口は成人男性ならば体を横にしないと入れないほど狭い。店内へ入ってからも、ところ狭しと並ぶ商品で、目当ての物を探し出す事すらままならない状態だった。客が入っているところなどほとんど見かけたことがないが、裕也が子供の頃からあるというから、それなりに売り上げはあるのだろうか。

「そういえばさ、あの店ってシーツとか売ってんの?」

 裕也が訊いた。

「確か店の奥の方で、古い布とか端布とか売ってたと思うんだよね」

「ああ、何か俺も見た覚えあるわ」

「だろ?」

「汚いし、買う事もないから気にしてなかったけど。まさか必要になる日が来るとは」

「お化けの衣装には最適だろ」


 二人の計画はこうだ。

 まず子供達が来そうにない昼間のうちに屋敷に忍び込み、二階の寝室に隠れる。そして子供達が肝試しにやってきたら、シーツの端に重しをつけたものを引きずって、件の「ずる……、ずる……」という音を立てて驚かす、という一晩かけて考えたとは思えないほど、非常にシンプルなプランだ。別に適度な大きさの布であればシーツである必要はなかったが、二人とも、どうしてもそこは譲れなかった。


「いらっしゃいませ」

 店に入ると埃っぽいにおいが鼻をついた。お世辞にもきれいと言えない店内は物で溢れている。声は聞こえたが店員の姿は見えない。何もかもが、がらくたの中に埋もれているのだ。

 二人はがらくたをかき分け、まっすぐ店の奥へと向かった。

「お、これじゃね」

 裕也が指さした先には、いかにも古そうな布達が筒状に丸めて置かれていた。

 適当な物を取って少し広げてみる。

「これで良いっしょ?」

「いくら?」

「ええっと……、五十円」

 元は白かったであろうその布は、今ではすっかり茶色く変色してしまっていた。虫喰いの穴も見える。酷い破れなどはないだろうか。広げてみない事にはわからない。

「五十円か……、高いな」

「馬鹿かよ。さっさと買おうぜ」

 レジへ向かうと、店員が待ちかねたように立っていた。

「これ、お願いします」

「はい、五十円になります」

 値札も見ずに店員は答えた。

「あの、すいません、これってシーツですか?」

 裕也が訊いた。

 店員は一瞬考えた表情をしてから布を手に取り、半分広げたところで「……シーツですね」と、自信なさげに答えた。

「あ、ありがとうございます」

「何確認してんだよ」

「良いだろ、別に。買ってみたらでっかいパンツだった、とか困るだろ?」

「馬鹿」

 言いながら啓介が五十円をキャッシュトレイへ置いた。

「ありがとうございました」

 硬貨を受け取った店員が頭を下げる。

「ありがとうございました」

 言って裕也も啓介に頭を下げた。


「さて、シーツが手に入ったわけだが」

 啓介の家に着いて一段落ついた頃、裕也がシーツを手に取った。

「取りあえず被ってみるか?」

「俺、パス」

 両腕でバツを作って啓介が言った。

「何でだよ」

「いや、だってそれめっちゃ汚いじゃん」

「お前が買ったんだろ?」

「俺が、お前に、買ってやったんだよ」

「……逆らえねえ。スポンサーには逆らえねえよ……」

 裕也がシーツを広げようとすると、目に見えて大量の埃が舞った。埃と黴の臭いが二人の鼻をついた。

「ちょっと、裕也、お前それベランダで広げろよ」

「へーい」

 言われた通りにベランダへ行き、広げたシーツをばさばさ振ると、夕日に埃がきらきらと輝いて見えた。布はその全面に、まるで異世界の地図のような茶色いシミが広がっていた。細かな穴も所々にあったが、大きく破れているような箇所はなかった。

 広げたシーツを一旦丸め、裕也はキッチンへと戻った。裕也の家はワンルームの和室だが、啓介の家はワン・ケイで、全体的に洋風の作りだ。床もフローリングで、キッチンには簡素なテーブルと椅子が置いてある。

「よし、じゃあ、被って」

 啓介に言われるまま、裕也はシーツを被った。

「おお、結構雰囲気あるぞ」

「マジ? ちょっと、俺見えないんだけど」

「後で写真で見せるよ。じゃあちょっと歩いて見せて」

「はい、監督!」

 足を引きずるような感じで歩いてみる。

「手で引きずるより、被った方がリアリティある音になりそうだな」

「だな。で、その肝心の音はどうよ?」

シーツが立てる衣擦れの音は「ずる……、ずる……」と言うより「さあっ、さあっ」と言う方がしっくり来る。

「うーん、やっぱ重し付けないとダメだな」

「俺もそう思う」

「裾のとこに、重し入れられるポケット作るよ」

 啓介はボタン付け程度の裁縫なら自分で出来る。裁縫道具も、簡単なものだが家に置いてあった。それは啓介が一人暮らしを始める際に、「ボタンくらい自分で付けられないと」と母が置いていったものだった。

「よろしく頼むぜ!」

「よし、じゃあお前は今夜の酒を買ってこい」

「はい、監督!」

 そのまま飛び出して行く裕也の背中を見送りながら、啓介は、

(発泡酒のロング缶が、一本約二百円。シーツが五十円だから……、裁縫の手間賃は百五十円くらいか)などと考えていた。

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