第36話 初心

 我ながら、思うのだ。所詮、私はやはり凡人に過ぎないのかもしれないと。

今だって、私にもっと才があれば、もっとうまくやれたかもしれない。


 しかし、同時に思うのだ。私は絶対に今のままで終わってなるものかと。

 なぜか?それは、凡人であることは、決して、才能のあるものに負けていい理由にはならないのだと思うからだ。


 私は、確かに死にたくはない。心から死にたくない。


 しかし、同時に思うのだ。凡人であることを理由に、いま出来ないことから逃げ続ける私は果たして本当に生きているのだろうかと。

 恐らく多くの人はそこで諦めることが出来るのだろう。だが、どうしても私には、そんな人生に価値など見いだせないのだ。


 もし、こんな私という人間を傍からみれば、実に滑稽に映るのかもしれない。なんせ不相応な結果を私はずっと追い続けているのだから。

 

 だが、それが私という人間なのだ。それは、もはや変えようのない事実なのである。


 だが、それの一体何が悪い。私はほしいのだ!己が生きているという実感が!


 だから、私は己という存在の限界を!価値を!例え人生を賭してでも証明したいのだ!


 それがもし叶うのならば、どんなに、泥にまみれようがいい。どんなに、馬鹿にされたってそれでいい。私は、最後に息絶えるその時まで、あがき続けられるだろう。


 だから私はどうしてもほしい。誰もが認めるに足る力が。名声が。地位が。


 だから、私は望んだのだ。千人将という地位を。例え、それが身に余るものだったとしても、例え、その果てに死ぬことになろうとも、私はそれらがほしい。


 であればこそ、私に脚を止めることなど許されないのだ。一喜一憂して脚を止めることもまた然りだ。


 息を大きく吸い吐き出し、心と体を整えることを意識する。私の昔からのルーティンのようなものだ。平静心すら失えば、まともに戦うことすらできないと思うからこそだ。これで、気を沈めるのは終わりだ。


 はてさて、まずは何をするかであるが、場を納めなくてはならないであろう。さすがに、我隊を荒らした張本人を罰して終わりというほど、状況は単純なものではない。


「初めましてかな、諸君。私はこの千人隊の隊長、ライル・ルードリッヒである。どうやら、諸君らは、隊長の変更を求めて抗議をしているとの報告があった。私は、立場上、諸君らをこいつ同様に罰しなければならない。だが、どうやら私の勘違いであったようだ。すべては、そこで寝ている馬鹿の独断専行。少なくとも、私はそう判断した。もしも、いまだ抗議したいものがいるのならば名乗り出てほしい。」


 つまりは、彼らを脅したのだ。もし、未だに私の命令に背くのならば罰することになるぞとな。


「どうやら、こいつのような馬鹿はいないというだろうか。沈黙は、肯定と受け取るが本当によいのだろうか。」


 のびている馬鹿の頭を踏みしめて、彼らに向けてそう説いた。実に面倒であるが、こういうパフォーマンスは必要だ。いつの時代も人心掌握において一定の効果を発揮してくれる効率の良い手段だ。


「「はっ、間違いありません。」」


 普通であれば、急に出てきたガキに素直に返事を返すことなどは考えられないのかもしれない。だが、あいにくとこの隊には元アルキス隊100名がいるのだ。この馬鹿の扇動の中にあっては少数派で実に無力であったかもしれない。


 だが、今となってはいい起爆剤となる。


「もう一度問おう。抗議したいものはいなかったということで間違いないだろうか。」


「「「「「「はっ!間違いありません!!」」」」」


 これだから、集団心理はだから怖い。流れが出来れば、あっという間にそちらに動く。今回は私に向けて風が吹いたが、もしも戦いの最中に敗戦の流れが出来れば、今の彼らは瞬く間に敗走するであろう。隊長として肝に銘じなければならない。


「であれば、諸君。その言葉、嘘でないことを私に示してほしい。なに求めることは実に単純だ。わが兵士としての本分をまっとうしてほしい。つまりは、訓練だ。」


 若干のざわつきを感じる。おそらくは、勘のいいものは気が付いたのであろう。だが、もはや、もう遅い。少しばかり失速しようとも、もうこの船は、いくばくかの船員にとめることなどできやしない。


 だが、念には念をいれてその背中をもう一度押してやろう。


「ただ、ごく少数であるが、隊長の私が無理難題を申し付けていると考えている奴が残っているかもしれない。だから、今日、私たちは諸君らより厳しい条件で、訓練をともに受けることを約束しよう。」


 実に、地味な地獄の行軍訓練の始まりだ。


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