第35話 虚しさ

 再度、私は奴に向けて剣を構えた。息を大きく吸い、体に意識を向ける。


(大丈夫だ。少し痛むが問題なく体は動く。)

 

 確かに、初めて見た黒陰流という流派は実にやりづらい相手であったが、実力で言うのであればいつも相手にしているトールの方が圧倒的に上だ。であれば、臆する必要はない。いつも通り、出来ることを確実にやれば問題のない相手だ。


 だが、同時に思うのだ。それだけで、私は本当にいいのかと。私は示さなければならないのだ。私という存在をこの千の軍に。であれば、足りない。もっと、なにか、何かがほしいのだ。


 そして、私の心の奥底の何かがこう訴えかけてくるのだ。私はこんなものではないと。皆の想像通りで終わる男ではないのだと。


 そのために、私は己の手札を今まで以上に、かつ、皆の想像を超えて活かす。だからこそ、できることを着実にやるだけでは駄目なのだ。


 だが、改めて実感したのは、真道流の戦い方でただ愚直に体を動かすだけでは、決して駄目だということだ。どうしても、私の魔力が真道流に適する魔力と、水刃流に適する魔力が混ざり合っている関係上、真道流の剣術を活かしきれないのだ。真に純粋な真道流に、速さと重さでどうしても劣ってしまうからだ。


 だからこそ、先ほどの一撃は、あっさりと対応されてしまったのだ。つまりは、真道流に適する魔力と水刃流に適する魔力の両方を活かせるかどうかが必須条件なのだ。


 思い出すのだ。ミノタウロスとの戦いを。あの時、私は水刃流の魔力を、受け流すことに応用し、どうにかミノタウロスに肉薄することで勝利を得た。だが、あの時のミノタウロスとの戦いも受け流して次の攻撃に繋げる水刃流の域を出ない、中途半端なものであったのだ。


 つまりは、真道流も水刃流も中途半端であるということだ。悔しいが、それが今のわたしの評価なのだ。だからといって、どうしてそんな屈辱的な評価をどうして甘んじて受け入れることができようか。いや、私には断じて出来ない。


 だからこそ、まだ誰も歩いたことがないような道を己の脚で切り開かなければならないのだ。例え、どんなに苦しかろうと。


 だが、心躍るではないか。もしも、仮に今ある手札で、その道を見つけることが出来たならば、この先の道を歩く時の、心強い武器となる。


 確かに、いま、そんなことを考え実行するときではないのかもしれない。だが、しょうがないじゃないか。私は今欲しいのだ。


 大丈夫。理論はすでに頭の中にある。あと、必要なのはそれを実行する度胸だけだ。


 私は覚悟を決めて、再度足に力を込め、やつに向けて足を動かした。


 先ほどの、動きをなぞるように、左から右に私は相手に剣を振りぬいた。真道流を活かして、早く鋭く。

 

 だが、これだけでは先ほどの繰り返し。


(そうだよな。これで届くわけがないよな。)


 さも当たり前のように弾かれてしまった。驚きはない。当たり前だ。だが、結果も同じとは限らない。


 なんせ、奴が弾きそらしたはずの私の剣は今、もう次の攻撃に移っているのだから。


 もし、真道流の短所を挙げるとするのならば、一撃の鋭さや重さに重きを置いたばかりに僅かであるが隙が生まれることのだ。だからこそ、その隙をつく水刃流、黒陰流は、真道流の対抗手段となり得るのだ。


 であれば、どうするか。隙を限りなく小さくすればいい。


 仮に、もしも一撃一撃が真の真道流に劣るのならば、手数を増やせばいい。水刃流に適する魔力で、流れるように早く次の動きに入るのだ。


 やつの顔が驚愕の色に染まり、その瞳はおおきく見開かれていた。先ほどの繰り返しと思えば、私が次の攻撃に移っていたことにさぞ驚いたのであろう。


 だが、奴とて次の攻撃の動作に移っている。


 ここからは、意地と意地のぶつかり合いだ。


 互いの剣がぶつかる。されど、真道流の剣をまともに受けては、黒陰流では勝ち目がないのは道理。わずかに、奴の態勢が崩れるのが見て取れた。


(もはや、態勢を立て直す隙は与えない。)


 再度流れるように、次の攻撃に移る。何度でも、何度でも。剣の舞を踊るようにかろやかに、力まず、かといって一撃一撃にしっかりと意味を持たせて。


 その度に、徐々に私に形成が傾くのを感じた。そして、ついに明確な隙が奴に生まれた。


 この隙は生まれるべくして、生まれたのだと確信を持って言える。奴のあの驚いた眼は、間違いなく私の剣術が初見であったことを示していた。でなければ、仮にも精鋭兵があのような無様な姿をさらすことは無いであろう。

 

 生まれた隙において、私はやつの剣を持つ手に向けて剣を叩き込んだ。たまらず、相手が剣を落としたが、ここで剣を止める道理はない。なんせ、この戦いの勝利条件は戦闘不能、もしくは降参なのだから。


「まっ」


 やつが手を抑えながら、何かを訴えかけるような目で私を見るがそんなものは関係ない。


 剣を奴の腹に叩き込む。汚い体液をまき散らしながら、膝を折り、言葉にならない悶絶をしているが、だからどうした。


 もはや、剣も必要ない。うずくまるこいつに蹴りを入れる。そして、吹き飛ばされ仰向きに転がるやつの体にまたがり、私は己のこぶしで殴って、殴って、殴り続けた。例え、己の拳から血が出ようとも、私はこれをしなければないのだ。


 審判が今の私を止めないのもきっとそれを分かっているからであろう。


 今のこの千人隊で、こいつを罰しないことは規律を乱すことに繋がる。だれが、この千人隊の頂点にいるかを示さなければならないのだ。もうこのような愚考が起きないためにも。


「審判。どうやら、気を失ったようだ。私の勝ちでいいだろうか。」


「は、はい。ライル様の勝ちで間違いございません。」


 いま、この場において皆が、私に注目をしている。されど、そこにあるのは沈黙だけであった。


 勝負に勝ち、今日という日に、私は己の道をまた一歩、歩みをすすめることが出来たのは間違いない。そして、恐怖を刻むという目標も、副次的にではあったが達成できたのかもしれない。


 だが、なぜ、こんなにも心がむなしいのだろうか。


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