第33話 利益と恐怖

「ライル様、新兵教育にて問題が生じたと報告が。」


「何が起こった。まだやつが出ていってから、それほど時間は経過していないぞ。」


「兵士たちが不服ということで猛抗議をしているそうであります。そのため、訓練の続行は困難とのことであります。」


 あ奴らめ、まともに訓練させることも出来ないのか。いや、兵士たちが訓練から離脱をしても処罰をしないと約束をしたのは私か。勢いに任せてあのような約束をしようとはなんとも間抜けであった。あれが無ければ罰を与えてやれるというのに。


「して、兵士たちは訓練内容に関して不服ということで、抗議したということか。」


「もちろん、それもあるのですが、彼らはライル様を出すように要求しているのです。その、どうやら、訓練内容というよりもライル様に怒りがあるようでして。」


「怒り?つまり、訓練内容を決めた私に怒りがあるということか。」


「いえ、そのなんといいますか。」


 なにか、言いよどむことでもあるのだろうか。ちらちらと私を見て、言おうか言わまいか迷っているようだ。


「いいから、早く報告しろ。」


「それが、彼らは自分たちにこんな無理な訓練をさせるのにも関わらず、部屋にこもるライル様にはついてはいけないと抗議し、指揮官の変更を求めているとのことです。」


 それはなんとも違和感を覚える話だ。

 

「なるほど。つまり、貴官はばらばらであったわが兵士たちが一致団結して訓練内容に抗議するだけで留まらず、未だ会ったことも無い私を名指しで変更するように求めたと。貴官は、そう言うのかね。」


 まあ、十分に自然にこれらは起こり得ることだ。だが、少しうまく行きすぎてはいないだろうか。そして、極めつけは訓練を行うように命じた精鋭兵は私のもとに報告に来てはいないことだ。


 この目の前の兵士は私が訓練状況を報告するように命令した、私の自由がきく数少ない兵士なのだ。正しくは元アルキスの配下であるがな。カイン様が気を利かせて100程度であるが配してくれたのだ。こいつらがいたからこそ、私はいくらかであれば、兵士の離脱を許容する余裕があったのである。


 されど、流石に練度という上では精鋭兵に劣る。だからこそ、多くは今回の訓練にも参加させた。まあ、幾人かは訓練に参加させず、今回のような報告も含めて、私やアルキストールの補佐をするように申し付けていた。まったく嫡男にも関わらず自由にできる人材がここまで少ないのは悲しい限りだ。


 はてさて、わが指導官殿はまだ来ていないだけか。それとも、私という頭をすげ替えるつもりで、わが兵士たちを先導したか。果たして、どちらか。


「トール、アルキス、私はどうやら行かねばならないようだ。」


「私達もお供いたします。」


「いや、流石にこちらばかりに人員を回す余裕はない。引き続き作業を進めろ。」


「かしこまりました。」


 さて、我兵の顔と悪だくみをしたかもしれない指導官殿に会いに行こうではないか。こっちだって、やることが山積みなのに作業を止められたのだ。そのつけくらいは払ってもらわなくてはなるまい。


 だが、いつか不満は爆発するとは思っていたが、実に速かった。ある意味、計画を早めてくれたことには感謝せねばならないな。


 ナポレオンは言った。「人間を動かす二つのテコは恐怖と利益である」と。利益は訓練をすることで我々中立派の人民に盗賊まがいの行為を始め数々の蛮行をしてきた国の連中を復讐する力を与え、その手で幸福を掴むことだ。


 では、恐怖はどうだ。危害を加えてきた国に対する恐怖か?確かに、それで済むのであれば私もそれでよいと思っていた。だが、それではあまりに大きく漠然とし過ぎているのだ。少なくとも、私に従う理由にはならない。では、どうするか。直接的な恐怖だ。


「さあ、訓練場まで案内をしてくれ。」


「かしこまりました。」


  彼らが私の訓練をする理由がないというのであれば、恐怖と利益のうち、恐怖は私が与えてやろう。かわいい、かわいい、私の部下たちだ。このくらいのことはしてやろうじゃないか。


 訓練場はさすがに臨時の1000人隊であったので正規のものではない。領都から馬をしばらく走らせた平原にて訓練を現在している。だからこそ、報告する人員がいなければ、領都にいる私の耳にその状況は届くことは無かった。


 部下についていく形で、馬を走らせると、人が多く集まる平原が見えてきたか。


「あれか。連中舐めてやがる。」


 そこにあるのは地べたに座り騒ぐ兵士たちであった。どうみても、訓練で疲れ果てて休憩をしているようには見えない。抗議の末にこれを許容したというのか。


 中には、見知った顔も見えた。精鋭兵で構成させるわが軍の指導官たちだ。ずいぶん、楽しそうに談笑しているじゃないか。


「やあ、指揮官殿。ずいぶんと楽しそうにしているじゃないか。兵士たちも休憩中にしては、どうやら元気なようだ。」


「な、なぜ、あなたがここに。」


 不思議か?たしかに、領都から距離もあって、ここの情報は普通であれば入ってこないだろうな。


「なに、私個人で連絡をさせる兵士を確保していただけだ。気づかなかったか?まあ、言ってはいなかったものな。」


 一瞬動揺した様であったが、私と領都にて話をしていた指揮官が私に向き合った。


「おまえなんぞ、将の器なわけがない。第一、こんな無理な訓練内容を達成できるわけがないのだ。首を挿げ替えるのが軍のためだ。」


 これは、これは嫌われたものだ。最近、私を慕うトールやルイスや、私への認識を改めた屋敷の使用人たちに囲まれ忘れていたが、ライルの評判の悪さは未だ根深いようだ。まあ、私との会話による私怨もあるだろうが。


 しかし、もはや隠すこともしないか。いや、ここまでの状況証拠があれば、隠すことなど端から出来んか。私を上官として敬う素振りすら見せない。いや、トールやアルキスが側に控えない私など恐れるに足らないというわけか。


「どうした!あまりに本当のことに、何もいえないのか!私は悪くない。お前の無理な訓練内容にこれだけの離脱者がでただけだ。このことはすでに、軍に報告をした。このことは問題視されてすぐに替えの人員が来るだろう。」


 騒ぎ立てるこいつに、吊られて他の兵たちの視線も集まってきた。しかし、まさか、ここまで暴走するとは思わなかった。でなければ、離脱する責任を取らせないと明言することは無かった。


 だが、いい加減その口を力づくでも閉ざさせたいものだ。


「ひとつ、剣で勝負をしないか。もしも、負ければ私から今回の責任を取って、千人将を辞任すると申し出よう。だが、もし私が勝てば指揮官を辞してもらう。」


「すぐにあなたは辞任させられるというのに、なぜ!」


「本当にそうだろうか。私は仮にもカイン様より推薦された将だ。メンツにかけて私を守ろうと上は動くかもしれないぞ。だが、わが軍の精鋭兵と言われる君が1000の新兵の目の前で、私のような子供からの対戦から逃げて本当にいいのかね。」


 上が動くかは正直、自身はない。だが、精鋭兵たる自負があるお前らのプライドがこんな子供から逃げたという事実が広まることはゆるせないだろう??


「調子に乗るなよォォ!いいだろう。受けてやる。」


 案の定、彼は承諾した。目を見開き、怒りで充血した目を私に向けながらであるが。


 だが、今回の戦いは、新兵たちへの良い見せしめとなるな。


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