第32話 見解の相違

 これより、アルキス、トール、私の3人で、軍の編成の子細を早急に詰めることとなった。確かに、私が考案した素案は出来ている。だが、しかし、それが実際に実現が出来ているかというと話は別である。経験豊富な剣士、指揮官との編成案に関する議論は必須であったのだ。


 されど、その間に兵士の訓練を放置できるほどの余裕など我々にはない。そこで、早速、軍首脳部により派遣された兵士たちに基礎教育を一任することとした。


 私に配属された兵士たち、そのレベルの低さもさることながら、その中身も言葉通りの寄せ集めであったのだ。まるで、まとまりがない。この一言に尽きる。まあ、カインが複数の領土より寄せ集めた兵士たちであるのでやむを得ないのであるが。


 そこで、軍としてのまとまりのある行軍が出来ること、即時実践的訓練に移れるように魔力運用を叩き込むことの2点を至上命題とする訓練内容にするように命令をした。正直なところ、これら2つを果たす訓練内容なんぞ、私は一つしか知らない。


「正気でありますか!ましてや、期日は5日など!到底まともではありません!」


「まともか。わが領の精鋭兵は実に面白いことをいう。端からこの軍を率いて戦おうという指揮官がまともだとでも本当に思っていたのかね。」


 薄ら笑いめいた顔で嘲笑めいた返しに、言葉がでないか。だが、いま、この軍をそこらの普通の軍と同じように教育をされては困るのだ。自覚をしてもらわなくてはならない。


「なに、多少つぶれても構わん。我々には時間がない。粗治療で奴らの練度の底上げが出来るのならば、やすいものだ。子供の私がやったのだ。できなくてはおかしい。そう!おかしいのだ!」


 語気を荒げそう告げる私はどう見える。兵を潰してでも訓練させようとする私は人間ではないか。少なくともお前の目はそういう目だ。だがな、残念ながらそうまでせねば、到底間に合いはしないのだよ。


「承知しました。ここはあなたの軍、命令に従うのみです。ですが、離脱者が出ても私どもは一切の責任を負わないことを書面にて確約していただきたい。」


「ああ、いいだろう。あとで届けさせよう。だが、彼らの心がもしも折れるのならばこう言ってやれ。奪われ続けたお前らはここで逃げたら一生負け犬だとな。それで逃げるやつなどいらぬわ。もはや、時間はないぞ。行きたまえ。」


「それは!いえ、では私はこれにて、失礼させて頂きます。」


 まだ、納得できないといった様子か。だが、これ以上対話をする意思はないというのが伝わったのか、あきらめて去ることを選んだか。


 今は臨時的とはいえこの精鋭兵たちも私の指揮下にある。是が非でもやってもらわねばならない。


 つまるところ、私が彼らに要求したのは限界を超えた地獄の行軍訓練である。ちなみに、私自身も早期に力をつける必要性があったためにこの訓練を経験している。その効果は身を持って体感しているところである。


 魔力という力はなんの苦労もなく扱えるようになるほど、生易しいものではない。本来であれば、才能の差あれど、時間をかけて使いこなせるように教育をする。事実、この世界の剣術を学んでいけばゆっくりであるが自在に扱えるようになる。


 だが、それでは駄目なのだ。基礎的な力を早期に身につけてもらわねば、軍としての実践的訓練の時間が無くなってしまうのだ。だから、急がせる。多少なりとも兵士たちが潰れ使い物にならなくなろうとも。

 

 この世界にきて、再認識させられたことは、人とはなんとも不思議な生き物だということだ。人は、視力を失えば聴覚がそれを補い、そして、その聴覚さえも失えば触覚がそれを補おうとするであろう。


 だが、もしも己の生命力を脅かすほどまでに限界にまで追い詰めたらどうだ。どうしようもないか?それは違う。この世界では魔力がそれを補おうとするのだ。なんとも、興味深い話だ。ある意味、人というのは限界にまで追い込まれなければ、己の能力すら満足に発揮できない生き物なのかもしれない。


 だからこそ、地獄の行軍にて彼らをとことん追い込むのだ。彼らが兵士としての力を身につけその本分を果たせるように。


 指導官が、ドアに手をかけ部屋から出ようとするところで、念を押すために声をかけた。


「ああ、そうだ。すこし、待ちたまえ。もしも、私の意にそぐわない訓練をしてみろ。貴様を軍法会議にかけてやる。それだけだ。行きたまえ。」


「承知しました。」


 それは怒りを押し殺すような、低い声であった。そして、私を視界にいれたくないのか背を向けたままドアを閉め去っていくのであった。


「よろしかったので。」


 トールがそのように問うが、それはなぜ私があのような態度を取ったのかという意味だろうか。


「よくも悪くも、既存の師団の兵士は基本に忠実すぎるのだ。さらに、教官はその中でも精鋭兵と来た。彼らは己の培ってきたものを疑うことも無く、それを我が兵士に実践しようとするであろう。だから、私は彼らを否定しなければいけなかった。その根拠たる事実は、彼らから提示されたこの訓練案がよく示している。」


 私は彼らに、最速での基礎訓練案を提出するように命令をした。参考にできる点もあるかの知れないと思ったためだ。だが、やつらまるでわかっていない。確かに、兵士として使い物になるやつは出てくるかもしれない。だが、到底、わが軍全体が軍として機能するとは思えない。


 根本的な共通認識が異なるのだ。奴らの培ってきた常識を組み替える必要があったのだ。生易しく言って、変なことをされるよりよほどいい。まあ、彼らを説得する時間を惜しんだというのもあるが。


「それはそうかもしれませんが。」


 分かるよ。少なくとも、今回の対応は他にもっといい対応があったはずだ。だが、私にも、このギリギリの状況下では、もはや他人を気遣う余裕はなかったのだよ。


「時間はない。我らの軍の子細に関しての議論に戻るぞ。」


「では、水刃流の兵士の運用方法に関してですが・・・・・・」


 トールはいまだ先ほどの話が気になってしょうがないという様子であるが、アルキスはその切り替わり早さからかすぐ議論に集中しているようであった。


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