第30話 枷

「この、カインのくそ野郎が!!」


 私は、トールからあげられた報告書を机に叩きつけた。


「ライル様、お気持ちは理解できます。ですが、そのような言動は控えるべきかと。」


「だったら、教えてくれ!これで、どうやって戦果を挙げろというのだ。」


 しかし、答えは沈黙という形で返された。悔しさか、怒りか、苦虫を潰したような顔で。


 確かに、カインにより千もの軍が配属された。だが、悲しいかな。それら軍の実態は張りぼてであったのだ。予想を超える状況の悪さを報告されたのである。


 これには、頭を抱え、頭を掻きむしり、終いには唸り声が腹の底から出てくるものだ。


「恐れながら、これは最初から分かり切っていたことではないでしょうか。」


「どういうことだ。分かり切っていただと。」


 にらみつけるようにトールを見上げ、気がついたら問い返していた。


 ええ、としばし渋りながらも、トールは憂い顔で肯定してみせた。 


「精鋭は実績のある軍に配属されるのが、一般的ではないかと。」


「くっ。私は現実というものが全くといって見えていなかったというわけか。」


 どうやら、私は恥ずかしながら砦の功を過剰に自己評価していたらしい。まして、平時ならまだしもこの乱世において、こんな若造に貴重な戦力を割くことは分かり切っていたというのに。


「して、トール、騎士団に所属していた経験からあと一か月で、私の軍は使い物になると思うかね。」


「正攻法では難しいかと。何をするにも時間が足りません。」


 わかってはいたことだ。そうたやすく、使い物になる軍が出てくるのならば苦労しない。


「ルイス、20程度の魔法士も配属されていると聞くが、そちらはどうか。」


「現状では、この魔法士たちも使い物にはならないかと。」


「残りの時間でどうにかならないのかね。」


「恐れながら、魔法はそう容易いものではありません。」


 一般兵も魔法士も八方塞がりときたか。これは、当初想定したよりも状況が悪い様だ。


 仮に、これが前世ならば千もの軍が与えられるだけで、まだ、やりようはあったというものだ。戦国時代においては百姓が足軽として主力を成していたことがいい例だろう。


 だが、 今世と前世において明確に異なる点がある。それは、魔力だ。この力があったからこそ、私は大いに成長し砦で活躍できた。だが、それは今となっては私にとって枷となり重くのしかかっている。実に、複雑な気分である。


 なぜ、魔力が足かせとなっているか。それは、魔力というものが今世において人間というものをより強力な兵器に変えるにたる要素だからである。これは、前世において銃火器の有無が戦力に多く影響するのと似ているのかもしれない。だからか、前世を知る私にとってこの世界はどこか、いびつな印象を抱かずにはいられない。


 では、剣が駄目なら弓ではどうか。いや、これもまた駄目なのである。弓は長く飛んだほうが有利であるが、そのために必要であるのはなんであるか。そう、強弓を引くに足る力なのである。どうしても、魔力による身体強化に長けた弓兵に利があるのだ。


「やはり私は恨むぞ。魔力という力を。」


 腹の底から、ひねり出したような声が自然と漏れ出ていた。


「今は雌伏のときかと愚考いたします。ライル様はまだお若い。次がございます。」


「つぎだと?つまり、今の私には無理だとそう判断したということか。」


「誠に、恐れながら。」


 つぎ。つぎか。


 なんと魅惑的な言葉だろうか。その言葉はいま、やらなくていいことを正当化させる魔法の言葉だ。


 明日やろう。いつかやろう。次がある。後に回そう。私はこれらの言葉はどうにも好きになれない。まさに、前世の私を体現したような言葉だからだ。

 

 今できないことを正当化するのは実に簡単なことだ。だが、それをしてきたばかりに大いに成長の機会を奪ってきたように感じるのだ。


「もしも、奇をてらうような軍であったならばどうだ。」


 まやかしでもいい。私はほしい。今戦える力が。


 ましてや、カインに大見えを切った手前、何もせずに「できませんでした」など、論外なのである。


「そ、それは。いや、できるのか。」


「歴史において、奇をてらう戦術において、戦力の差を覆した例は大いにある。もしも、最初から奇をてらったような軍を作るのならばどうだ。」


 ローマ軍という大軍を前に、戦術的勝利をカルタゴのハンニバルや、ゲルマンのアルミニウスも多くの勝利を収めた。ここには一つの共通点があると思うのだ。実に単純だが、他とは異なることをしたというただ一点である。


「もしも、仮に何かに特化した軍ならば、可能性は僅かですがあるかと。間に合うやもしれません。ですが、仮にそんなことができたとしても弱点も大いにあるのも事実です。」


「ああ、分かっている。その、柔軟性の無さだ。」


 なにかに特化すれば、もしも攻略を見出されればどうなるかなど想像に難くない。事実、かのハンニバルではさえ、ファビアン戦略により対応された。それよりも、私は戦術などではなく、もっと極端に軍を特化させるということをしようというのだ。実に、不本意であるがリスキーである。


「だが、やらねばなるまい。もはや、そこにしか私たちには活路はないのだから。つくるぞ。まだ、だれも作ったことがないような軍隊を。私達で。」


 いずれ攻略される軍とわかっているならばどうするか。自明だ。攻略されても死なない軍であればいい。もし生き残れれば、また新たな軍と戦術を考えられるのだから。


 すべては、私が功を挙げ、死ななくなるために全力を尽くそう。


 だから、創ろう。今の私を体現したような軍を。


 だから、創ろう。死なない軍を。


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