第26話 神輿の器
「まず、ロベーヌ伯爵領の報告だけど、万全ではないね。やっぱり、敵側の離反工作の爪痕がまだ残っているかな。だけど、今の伯爵領ならば自衛程度は確実にできるかな。」
そこから、カインによって農産物の収穫量、動員可能兵数、財政状況に至るまで事細かに報告がなされた。カイン、お前ってそんななりして仕事できるやつだったのか。他の面々の顔色が渋く、状況は芳しくないことが伺える。伯爵家は言うなれば、わが侯爵家の右腕だ。その力に陰りが見えるのだから当然だろう。ちなみに、母上はロベーヌ伯爵家の出身だったりする。
「でも、今までの離反工作はやっぱり辛かったよ。元中立派への物流の制限、王族への税金の増額、敵側による盗賊被害等々により力が大きく削がれたからね。伯爵家だからなんとか持ちこたえたけど、他の中立派がいくつか離反したのはやっぱりしょうがないと思うね。」
中立派への攻撃は予想を超えるものであった。他の中立派を離反させ侯爵家を孤立させる明確な意思を感じる。もはや、国の中立派を一掃しようという意思を感じる。
「しょうがないわけがあるかっ!!!」
ダンっという音が部屋全体に響き、机が大きく震える。音がしたほうを見ると握りしめた拳を机に置いたシュバルツがいた。
「落ち着け。」
「しかし!」
「シュバルツ!2度も言わせるな。」
父のルドルフがシュバルツを宥めた、しかし、そんな父も机の上で拳を握りしめ震わせていた。それにシュバルツも気づいたのかもしれない。この怒りが敵側に向いているのか、離反した元中立派に向いているのか、いや、その両方かもしれない。
「カイン様、失礼いたしました。」
「シュバルツ団長、こちらの発言も軽率だった。だが、私の話を聞いてほしい。」
カイン様という神輿がこの元中立派に必要な理由が分かった気がする。もはや、離反した元中立派は侯爵家の参加に再度入ることは無理ではないが難しい。だが、頭が異なれば負い目があれど話は別だ。故に、それらを抱き込むためのカイン様なのだろう。
カイン様が立ち上がった。その雰囲気はいつもと異なりぴりついているようであった。
「先の一戦、隣領のブルシュベットは確実に決めに来ていた。それも、この侯爵領を壊滅させてでもな。これは、我々がまた力をつけなおす前に私たちを食ってしまおうとしたのだ。だが、反旗を翻し十分に力をつける雌伏の時を私たちは耐えた。それも十二分にだ。今度は私たちが食らう番だ。違うか!」
カイン様はルドルフたちの怒りをブルシュベットに向けようというのか。今までは我々は攻めようにも疲弊した勢力では憂いがあった。だが、やっと外部に戦力を出す余裕が生まれたということか。
「相違ありません。」
同意するルドルフに他の団長、副団長の面々も頷く。
「では、今ここでブルシュベット領を手中に収めることをここに宣言する。この戦いの結果は我々が飛躍するかどうかを決める重要な戦いだ。この戦いの結果よって離反し日和見している元中立派が我々に戻るだろう。我々の存亡をかけた戦いだ。もはや、やつらのいい様にはさせぬ。戦うぞっォォ!!」
「「「おおっォォ!!!」」」
カインの声はよく心に響くものがあった。気が付けば立ち上がり拳と手を合わせ、声を上げていた。それはみなも同じだ。砦の戦いでは多くの兵士が死んだ。今度は私たちの番だ。それにしてもまんまとカイン様には乗せられたものだ。
ブルシュベット領、この領地のブルシュベット侯爵は王族派でも貴族派でもない。つまり、王を狙うものだ。勢力的には小さく、我々を攻め落とすことに失敗したのは大きかった。今度はやつらが煮え湯を飲む番だ。いや、飲ませねばならない。
「そこで、2つ提案がある。まず、一つ目だが、軍の拡張を提案する。これからこの国に覇を唱えようというのだ。今の軍では足りぬ。」
「では、新しく3師団に常備兵を領土中から募り加えましょう。」
「足りぬ!!キュアノス。これから覇を唱えるのに足りないのは単純な兵の数だけではない。絶対的に足りないのは将の数だ。」
そうは言うが、そんな有能な将は湧いて出てくるわけでない。第2師団長のキュアノスの意見の方が無難だ。だが、先を見据えればカイン様の方が正しいのかもしれないな。
「カイン様、その将をこの戦で育てると??」
「そうだ。3師団に新たに千人単位の軍を新たにつける。ルドルフ何人新たに徴兵できるか。」
「1万。これが今のわが領の限界です。では、有望なものを軍団の中から見繕いましょう。」
まあ、そうなるよな。できるのならば、私が食い込みたいところだが、軍を率いた実績が私にはない。だが、1万の追加徴兵とは無理をする。現在は3師団それぞれで5000ずつ、総勢で1万5千なのだから。
「いや、中立派の兵も募ればもう5千だ。これで3師団の軍をそれぞれ1万ずつ。総勢3万の軍となる。すでに話をつけこの領土に向かっている。」
向かっているとは最初からこうなることを分かっていて段取りをつけていたか。
「そこで、私から千人将として2人の推薦がある。一人は砦の兵士長であったアルキス。もう一人はライル、君だ。ルドルフ侯爵、ここに連れて来たってことは次の戦に参加させるつもりだったんでしょ??なら、少し早いけどいいよね。」
確かに、5000もの追加の徴兵を実現した功績は大きい。だが、アルキス兵士長はいいとしても私は同意を得るのは難しいだろう。事実、ルドルフ侯爵やキュアノス団長、シュバルツ団長をはじめ副団長も難色の顔色だ。
「少しだと??こんな小僧に大事な千人将を任せられるか。」
「ははは!君たちの用意した兵じゃないよ。この僕が用意した軍の将を決めるのにシュバルツ団長の意見は今はいらないんだよ。で、ルドルフ侯爵どうする?一応、嫡男だから駄目と言われると私としてはどうしようもないんだけど。それに、功を立てたものは出世させるという宣言でもあるんだよ。」
シュバルツは苦虫を潰したような顔をしているが今回はカイン様に軍配があがったな。それに、全軍の士気を挙げるためにも信賞必罰というのは不可欠のものだ。理には適っている。
「好きにしろ。」
「許しが出たけど、ライル、君はどうする。」
ルドルフ侯爵もどこかしらで私を戦に食い込ませるつもりであったということか。失敗すれば無能をさらすことになる。だが、やらない手はない。
「その任、拝命いたします。」
手とこぶしを合わせ、カイン様に頭を下げた。カイン様もどこか満足げだ。
「2つ目の提案だけど、新しい国の樹立を宣言したいと思う。この国と徹底的に抗戦するという意思表示だよ。」
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