第22話 砦出立
目を覚ましてから、己の脚で歩くのに2日ほどの時を要した。己の戦いでの疲労や、体への負担ゆえに、自由に動くことが出来なかったためだ。その間にも、トールやルイスとは多くの話をした。
私が今回の功績を基に本格的に後継者になるようにうごくこと。そのために、ルイス、トールには協力してほしいこと。そのためになにが必要で、何をするべきか議論をした。だが、私もそうだが、ルイスとトールも苦手な事項であったようであまり議論が進まなかった。実に残念である。
また、私はまだ砦の中にいる。トールが未だ、怪我を負っており私の護衛をできなかったこと、シュバルツ団長たちが第2波に備えて未だに砦に滞在しておりそれについていくことができなかったためだ。もちろん、私が動けなかったことが一番の要因であるが。
「砦を見て回りたい。」
「およしになったほうがよいかと。」
「それでもだ。」
今回の戦いで多くの死傷者が出た。今の砦内の惨状はそれはひどいものであることは容易に想像がつく。だが、私はそれをみなければならないと思った。
「用意を。」
「かしこまりました。」
トールが着替えや防具などを用意するように、砦の館の使用人に指示をだした。防具を用意するのは、モンスターに備えるためという理由もあるが、何よりも領主が恨まれているためだ。スタンピードが起きないように間引く責任が領主にはあるが、それが出来ず税金を搾取する領主は領民にとって害でしかないだろう。その息子である私にもその憎悪が向いてももおかしくはない。
「遺体が埋葬された場所に案内してくれ。」
多くの死者が出たが、すでに火葬され埋葬されたとのことだった。本来であれば出席すべきであったが、意識が戻る前であったのでやむを得まい。まずは、ともに領地を守ってくれた兵士たちが安らかに眠れるようにに祈りをささげるのが道理というものだろう。
滞在していた館から出て、兵士たちが埋葬された墓に、トールとルイスとともに向かった。道ゆく人々にもはや生気はない。目がうつろで足取りも怪しいものもちらほらといる。
また、私だとばれないようにマントを羽織っているせいか、気づかれずに移動することができた。どうやら、砦に来たときはまだしも、寝ている間に戦っていた少年兵は領主の息子であったと噂が流れてしまったようだ。雨が降っているおかげでマントも怪しまれないのもありがたい。
「ライル様、着きました。あちらでございます。」
「ああ。」
なんと質素なことか。そこにあったのは、広場にたたずむ暮石だけであった。急ごしらえではこの程度になるのはやむを得ないが、きちんとしたものを作ってやりたい。仮にも領を守った英雄たちなのだから。
私は暮石の前まで行き、膝をつけた。私は仮にも領主の息子だ。散らしていった命の責任は私にもあるだろう。だが、すまないとは言わないよ。私は体の前で手のひらとこぶしを音が鳴る勢いで突合せ、暮石に向き合った。
「君たちが守ろうとしたものを私がこの命ある限り守ろう。」
これは誓いだ。己の命のためだけではない。皆の思いを背負っていくという誓いだ。
不思議と雨も収まり、雲の隙間から陽の光が注いだ。
私は暮石に背を向けて立ち上がり、歩き出した。そして、身を隠すためのマントを脱いだ。
「ライル様!何を!」
「もう、マントはいらないよ。」
我ながらなんと愚かだろうかと思う。だが、自分の領民を守るために戦ったのに、次期領主が己の民たちからこの姿を隠すほうが馬鹿らしいというものだ。トールは再度マントを着るように申告するが、すべて拒否をした。でも、感というべきか、隠れるのではなく人々と、今向き合わなければいけない気がするのだ。
というよりも、もはや手遅れであろう。今、けが人たちの収容所に向かっているが、道行く人々がざわついているのを感じる。噂が広がっていたのは、本当であったか。
「おい。ちょっと、待てよ。てめーがライルか!」
後ろから突如声を掛けられた。50代くらいの男性だ。この世界ではよくありふれた茶髪でいかにも平民然とした男だ。でも、やけ酒だろうか。顔が赤く目がうつろで、足取りもあやしい。傘もささず、マントも羽織らずに体もひどく濡れている。
「ああ。私がライルだ。」
「おまえのせいで!!」
突如、私に向かって大振りにこぶしを振り上げながら向かってきた。刃物ならば致命傷だが、こぶしならば問題はない。何よりも酔っぱらいのこぶしなど受け方を間違えなければなんともない。私の前に立ちかばおうとするトールを手で制し、その拳を受けた。
拳は頬にあたり、衝撃を殺そうとするが、万全ではない体ではうまく受け流すことは出来なかった。私は殴られた勢いのまま、雨で濡れ泥でぬかるんだ地面に尻をつけた。
「お前らルードリッヒ家がちゃんとしていれば、息子も死ぬことは無かったんだ!」
「.......そうだ。そうだ!」
「全部、お前らが悪い!」
男が私を責めるのを皮切りに騒ぎで立ち止まった人々が、同調を始めた。そして、その騒ぎが人をまた呼び騒ぎを大きくしていった。やはり、火種はくすぶっていたということか。
砦に来たときはモンスターという明確な脅威があった。だから、私にその悪意がむくことはなかった。だが、いまはどうだ。その脅威は完全ではないが無くなり、家族や仲間が傷つき死ぬことで行き場のない憎悪が生まれた。いま、それは間違いなく我がルードリッヒ家へと向けられている。
いま、この対処を誤れば暴動になるぞ。事態の重大さに気づいたライルやルイスの体にも力がこもっているのが分かる。
「ごちゃごちゃうっせーんだよ!!」
ふと、そんな声が、あたりに響いた。声を上げたほうを見ると皮鎧をきた一人の若者だった。少なくともシュバルツ兵ではない。ということは、砦にもともといた兵士であろうか。
「よってたかっていい大人が子供に責任をなすりつけるのか!」
「ルードリッヒ家が、」
「黙れ!!そこにいる坊主は自分の体より遥かに大きいオークやオーガに果敢に立ち向かい、ついにはあのミノタウロスとも戦い討ち取ったんだぞ!」
そこまで、声高々に武功を喧伝されると恥ずかしいものがあるが、今のこの状況では有難い。
「そ、それは、ルードリッヒ家が流したデマだろうが!」
「事実なんだよ!他の兵士たちにも聞いてみろ大馬鹿どもが!」
ここにきて、騒ぎ立てていた民衆が混乱しているのか、一時的であるが騒ぎはいくらか収まった。いま、ここで完全に少なくとも私への火種は消し去ろう。
「わたしはこの剣でオーク・オーガに続き、ミノタウロスを討ち取った。嘘だと疑うのならば目の前で再度討ち取って見せよう。」
剣を掲げ、人々に向け再度そう宣言した。よく見ると、騒ぎを起こしたものは戦えない年の物やご婦人が多いように見える。戦いの場にいなかったために、領主家が体裁を守るために流したデマだとでも思ったとかそんなところか。
私を殴った男は赤い顔が白くなるほどみるみる血の気が引いていき、何度も転びながらも去っていった。また、騒ぎをともに起こしていた人々も静かに去っていった。当たり前だ。貴族に逆らうとはその首が危険にさらされると同義なのだから。潮目が変わるとなんともあっけないものだ。
「まて!そこの青年!」
去っていく人々ともに、先ほど声を上げた青年も立ち去ろうとしたので、引き留めた。めんどくさそうに私に振り返り、その足を止めた。
「なぜ、私を助けた。」
「ちゃんと頑張ったやつが評価されないのがむかついただけだ。」
こういうひねくれているが芯のある奴は嫌いではない。まあ、助けてくれたのだから好感を覚えるのは当たり前ではあるが。
「もういいか。」
「いいや、最後に名前を聞かせてくれ。」
「ヒューゴ。ただのヒューゴだ。」
「そうか。ヒューゴか。また会おう。」
手をひらひらとさせ、まためんどくさそうに去っていった。トールはその態度にむかついているようだったが、お前もあんなんだったと思うんだよな。ヒューゴか。またいつか会える日を楽しみにしよう。
それにしても、雨降って地固まるとはまさにこのことよ。少なくともこの砦に私の武功は響き渡る。そして、少しずつそれは領内へと広がるだろう。
あと、遅れて騒ぎを聞きつけて駆け付けたシュバルツ団長にみっちりと絞られた。ほんとにぐちぐちとうるさいじいじいだ。
私はその2日後、シュバルツ団長とともに領都へむけて旅立った。砦へと補充する兵士が派兵され、兵力的にも戻る目途が立ったためだ。
隣の領との戦いも相手の軍が引き上げたとのことで、自軍も引き上げるらしい。つまり、ついに父に対面するということをそれは意味するのだ。
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すみません。遅れました。
☆・フォローが私のやる気を維持しているといっても過言ではありません。
どうかなにとぞお願いします。
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