第12話 ライルの覚悟

 一瞬、シュバルツの矛と競り合ったかのように見えたライルであったが、瞬く間に均衡が敗れ、突き飛ばされる形で。

 

 ライルはその体を遠くに、そしてやけに早く、遥か後方へ吹き飛ばされてしまった。周りからみれば、その光景はシュバルツ男爵であればやりかねない光景であり、当然のごとくライルの負けを認識するものであった。


 しかし、当の本人たちの認識は180度異なるものであった。シュバルツ本人からしてみると相手の剣は一時的にでも、張り合い釣り合ったものであり、14歳の子供がそれを成すという事実に驚愕を覚えるずにはいられなかった。


 それにも関わらず、まるで矛の勢いを吸収するのかごとく、後ろに遠くへと吹き飛ぶのであったから、拍子抜けする結果のようにも思えた。

 しかし、ライルはシュバルツの予想を超える速さと距離で後方に吹き飛んだのである。おそらくはライルが自ら後ろへ力を逃すためにわざと吹き飛んだのだと認識した。


 シュバルツの殺さんとばかりの圧が途端に息を潜め、シュバルツは愉快そうに、そしてやけに響き渡る声で豪快に笑いつつ告げた。


「小僧!!!ライルよ!!!合格だ!!!!」


 一瞬、ライルの負けにも見える結果に反して出された発言なだけに周りがざわついたが、1人の団長でもある彼に疑念の念を唱えられるものは誰もいなかった。


「だが、小僧、なぜ剣と矛のの打ち合いをやめ逃げた。」


 シュバルツとしても、大方後ろへの衝撃を逃がしたのであろうことは想像できてはいたが、この疑念は聞かずにはいられなかった。

 あの一瞬で判断し後ろへ衝撃を逃がすために飛んだのか、それとも、事前に飛び逃げることを予期していた臆病者であるか。両者では結果は同じでも大きく意味が異なり、ライルという人間を見定めようという意思があったのだ。


 ここまできて、周りもライルという小僧が何かをやったのだと思いいたり、その二人に耳を澄ませるために皆が静まり返る。


「………」


「どうした、早く言わぬか!」


「お恥ずかしながら、剣で私の出来得る限りの一撃をふるった後は何も考えてはおりませんでした。ただ、一撃を交えた瞬間になぜかそうするのが正解だと思ったのです。」


「なにも考えていなかったとはな!!だが、その直感は正解だ。もしも、あの時そのまま剣で防ごうとすれば、儂の矛はお前を文字どおり叩き潰しただろう。」


 シュバルツの矛は大きく、その体格差からも一撃の重みという点で差が生じるのは当たり前のことであった。

 しかし、シュバルツの矛は一撃で多くの物を屠ることそれに長けていた。つまり、一撃の重みに特化したものだったのである。


「儂が小僧に問うていたのは、儂の一撃にどう向き合い対処するかであった。儂への畏れにどう向き合うか、そして、命をまさに刈り取らんとする儂の矛にどう対処するかを問うた。だから、小僧、お前は及第点だ。つまり合格となったわけだ。」


「ありがとうございます。」


「だが!!お主が後ろへ飛んだのは心が逃げようとしたとも取れる。条件どおり儂の矛に耐えたから、連れていくがもしも砦で逃げようとすれば儂が地の果てまで追いかけまわし、その首を切る。例え、ルードリッヒ侯爵のお子であろうと、この首切られる覚悟で切りにいく。最後に問おう。それでもくるか。」


「その場合はぜひこの首お切りください。しかし、それは私の意思であり、シュバルツ男爵の責とならぬことをこの場の皆を証人とすることで、私の決意の証明とさせていただきたい。ぜひ、この私をどうか末席にお加えください。」


 シュバルツとしての最後の疑念をぶつけ、ライルの決意を問うた。そして、己の首を懸けてでも、逃亡したライルの首を切ると言ったのは、他の兵士にライルを特別扱いしないことを暗に告げるためであった。

 そして、その己の地位を侵害されたとも取れる発言に対し、シュバルツに配慮した発言をし、敵前逃亡には自ら首を差し出すと発言したその覚悟には、シュバルツも満足げに頷くのであった。


「よかろう。このシュバルツの名に懸けて、わが末席に加えることを宣言する!以降、儂のことは1兵士としてシュバルツ団長と呼ぶように。」


  シュバルツは他の兵士に声高々にそう宣言した。


「皆のもの!!少々、邪魔がはいり待たせてしまったが、これよりわが軍は砦に援軍に向かう。そこにいるライルは小僧のくせにその首を差し出す覚悟だという。ここに、小僧に負けるほどの腰抜けはおらんな!!」


 シュバルツは兵士たちを見渡し、まるでその心を煽り焚きつけるように檄を飛ばした。


「スタンピードが起きた今、これを好機として戦闘中である隣領の侵攻は、より激しさを増すことになるだろう。それは、今前線にいる我が領主軍は援軍には来れず、砦に援軍へと行けるのは私達だけであることを意味する。つまり、私たちが砦への最初で最後の援軍となるだろう。私たちが正真正銘最後の砦となるのだ!!」


 シュバルツは、状況の悪さを隠すのでもなく告げ、自分たちの作戦の重大さを兵士たちに告げた。その重く鋭い声とその厳しい状況は兵士たちの心に深く突き刺さり、身を引き締めた。


「砦が抜かれれば、モンスターどもが我らの家族を!!友を!!大切なものたちを殺し、時には凌辱し、多くの絶望を生み出すことになるだろう。もう一度言おう!!私たちが最後の砦である!!その命を懸けろ!!覚悟をきめろ!!出陣である!!」


「「「おおおーーーーー!!!」」」「「「おおおーーー」」」


 その檄に答えるように兵士たちは300人程度の小数にも関わらず、天をも貫かんばかりの闘志に満ち溢れた声が響き渡るのであった。


「さあ、いきますよ。兵士、ライルよ。」


 戦場を見据えてか、遠くを見るような目つきで最後にそうライルに告げるのであった。


◆◆◆◆

 ついに、ライル初陣であります。


 お気づきかもしれませんが、作者のストック、とうに尽きております、、、とても、楽しいのですが、それと同時に最近、とても辛くなってまいりました。

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