私の遺書、その付言事項
サトスガ
0 付言事項
これは私が先輩を殺すための文章だ。
文章の有する殺傷性は、一七七四年、『若きウェルテルの悩み』を書いたゲーテによって実証済である。偉大な天才の執筆した物語が不特定多数の人間から生命の息吹を消し去ったことに比べれば、私の目論む一個人の殺害なんて何と謙虚でささやかなる願いだろう。なればこそ絶対に達成されなければならない。
先輩を殺すにあたって最適な手法を私は探し、行き着いたものが文章だった。今後数十年に渡り先輩がいつどこで何をしていても届き得る刃であるからだ。
肉体から切り離された私の精神が、電子のインクを纏って紙面を這い回り、先輩に向かって語りかける。意識、思考、記憶。先輩との出会いから今日に至るまでの足跡、彼女が生涯秘匿としたい罪の所業を、私は余さずここに綴る。
そして私はこの文章をネット上に公開してやるのだ。
至極当然、実名付きで。
顔写真を載せることも厭わない。
すると精神的に、社会的に、先輩はひどく追い詰められることだろう。私の撒いた餌に群がる不特定多数の人間たちは、自動的に先輩の個人情報を補完してくれるかもしれない。住所、家族構成、卒業アルバム、幼少期のエピソード、エトセトラ。事態は混沌を極め、とても生きてはいかれぬ責め苦を先輩は痛感するだろう。ここまでお膳立てしてやれば、きっと先輩は自死に向かうはずだ。それを以て、私による殺害の達成とする。
私と先輩との関わりを記述することは、必然的に私自身の恥にも触れるのだけれど、構わない。私の名前が
この文章が読まれているということは、私はすでに死んでいるだろう。
シノニムのごまかしをやめて確と告げるなら、これは遺書だ。
生命の意味を遺すためにあるべき文書を、死に行く私は、先輩を殺すためだけに費やすことにする。告発、あるいは復讐、あるいは応報。少しは現実味が増すだろうか。私のいない世界でのうのうと目覚める先輩に、私は容赦のない一撃を与えたい。
夢想する。先輩はどんな最期を選ぶだろう。
縊死。転落死。失血死。服毒死。水死。焼死。凍死。爆死。感電死。餓死。窒息死。
私に背中を押されることは、先輩の光栄だ。
死の要因を私に押し付けられることは、先輩の幸福だ。
いかなる結果であろうと、最期まで私を呪うといい。
最期まで、私を想っていてほしい。
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