予言の鳥

色街アゲハ

予言の鳥

 街の外れに広がる森を散策する人々の間で、一つの奇妙な噂が囁かれていた。森の中で一人佇んでいる時、或いは、歩き疲れて近くの倒木や切り株などに腰掛け一息ついている、そんな時は決まって野鳥の囀り声が何処からともなく聞こえて来て、散策者はその声に耳を傾け、その声が微かに森の中に反響して行く様を、森の奥深い空間と辺りの木々に沁み込んで行く様な静けさを共に感じ、街中では得られない安らぎをそこに感じるのであったが、それに混じって、或いは、それ等の声が不意に途切れたその瞬間、遠くから聞いた事も無い、恐らく未知の物と思われる鳥の声が聞こえて来るのだ、と。


 姿が覗えない程に遠くで鳴いていると云うのにも拘らず、その声はまるで耳の奥に直接、否、それすら超えて心の奥底に、そこにある何かを直に揺り動かすかの様に響いて来ると云う。

 その声を聞いた者は、それまで意識した事も無い心の領域に踏み込まれ、そこにある今まで深く潜んで眠り続けていた物を不意に揺り起こされた様に感じて、心臓が裏返る様な不安に襲われるのだ、と。


 逃げる様に森を出て、街に帰れば、この不安は嘘の様に消え、やれ一安心、とばかりに寝床に潜り込むのだが。


 暫くすると、忘れたとばかり思っていた例の鳥の声が、夢の中で繰り返し木魂する様になる。

 大半の夢がそうである様に、目覚めた時にはその事を忘れてしまうのだが、幾度も幾度も同じ声が繰り返される内に、何時しか目覚めた時その残響がふとした折に甦って来る様になると、嫌でも気付かずにいられない。

 自分が憑かれてしまったと云う事に。

 

 一度意識してしまうと、最早覚めている時であっても、ふとした折に、その声は聞こえる様になって来る。

 こんなにもはっきりと自分の耳に聞こえて来ると云うのに、他の誰にも聞こえていない。当惑した顔を向けられるばかりで。そして気付く、その声は自身の内より響いて来るのだ、という事に。そして、その感覚は徐々に短くなって行き、それに伴い声が少しずつ意味を持つ物になって行く様な気がして来る。具体的に何を言っているのかまでは分からなくとも、何故だか自分を責め立てる様な、恨む様な、そんな感情が伝わって来るのだ。


 理由も分からないまま連日責め苛まれ、遂に限界を迎えようと云う段になって、その人物は或る夢を見る事になる。それはあの日以来近付く事さえ拒んでいたあの森の中の情景。眠りに就く前の、自身の混濁した意識そのままに周りを深い霧で覆われ、直ぐ近くの木々が辛うじて視認出来る位視界の遮られた中を、不安に駆られたまま歩を進めて行く。


 すると俄かに目の前が開け、背の低い草叢の茂る広い場所に出る。斜めに射し込んだ陽光が霧を少しずつ割り、光の細かい粒子が音も無く散開して行く。


 何時果てるとも分からない責め苦に苛まれてきた身にとっては、その眺めは余りにも穏やかで、柔らかな陽光に照らし出された光景は、久しく覚えなかった寛ぎを齎し、思わず誘い込まれる様に草原の中に向けて歩き出した正にその刹那、それは現われる。今の今まではっきりとした姿を見せず、仄めかされる程度で、正体の掴めないまま己を苛んで来たもの。明るい陽光の元、それは一切の曖昧さを許さず、明確な輪郭を取って、殆ど触れ合わんばかりの距離で向き合う事になる。


 しかし、その姿は、実際にそれと対面した人でしか、その恐ろしさを理解出来ないのだ、と云う。夢から覚め、半狂乱となって近場の人に取り縋って語り聞かせたとしても、その誰もがかの人の言う姿の、何処がそれ程までに恐ろしいのか分からないままだったらしい。他の人々には決して理解出来ない恐怖に怯え、恐慌に駆られて、故に誰一人として救いの手を差し伸べられないまま、ひたすらに破滅への道をひた走り、やがては人々の記憶からも消えて行く。


 最後にかの人物の聞いたもの、それはあの鳥の鳴き声だったのか、それとも苦悶に喘ぐ自身の喉より出た叫びだったのか。

 幾人もの人々を破滅へと追い遣った謎めいた鳥の声。それは本当に実在する鳥による物だったのか。それとも、狂気の兆候に有った人々の自身の内より響いて来た物だったのか。


 その問いに誰も答える事の無いままに、今日に至る今も尚、街の外れの森の奥、人知れず謎めいた鳥の声が、それを聞く者の行く末を暗示すると云う予言の鳥の鳴き声が、ひっそりと、何処かで響いている、と、人々は口々に噂する。

 

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予言の鳥 色街アゲハ @iromatiageha

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