第66話 日常と異変


 なんだかんだと森人族の国に滞在して一ヶ月が経過した。


 今日も今日とて変わらない朝が、当たり前の日常として俺の瞼を開けた。


「……クルエラ。おい、起きろ」

「んに……ねむい」


 大きく伸びをしてから、相変わらず隣で眠っているクルエラを起こす。それから、土間の方に移動して朝食の準備だ。


「料理するのも慣れたもんだな」


 土間に設置されたかまどは、そこはかとなく日本の香りがするけれど、やはりどこか微妙に違う。ともあれ使い方に大きな差はない。かまどの中に乾いた薪と枝を入れて、魔法で着火する。そして、上にナベをセットして完了だ。


 あとは鍋に水を入れて、肉やら野菜やら木の実やらを次々投入。調味料は塩だけ。まあこれでも出汁やらなんやらで食べられるから気にしない気にしない。


 一口……よし、食えるな。


「おはよー、ユーリ」

「おはようエレナ」


 そんな風に大雑把な料理をしていると、エレナが外から戻って来た。どうやら井戸から水を汲んできてくれたらしい。


「あれ、朝食できちゃった?」

「あと少しだな」

「んー、なら食べてから洗濯しようかな」

「なら俺は掃除だな。玄関前掃いてくるわ」


 この家での家事分担は特に決まってないけれど、大体は俺からエレナがやっている。ちなみにクルエラは、皿洗いをしようとして見事に洗い場にあった皿をすべて割ったことによって家事免除となった。


 まあ、その分狩猟で働いてもらってるからいいけれど。


 獣人族の運動能力は驚くべきものだった。優れた身体能力を持つ種族だと聞いてはいたけれど、ここまでとは、と。


 なにせ、反射神経だけで飛んでくる矢を回避できるし、数十メートル先の兎が逃げる音を聞き分ける上に、森という悪路を気にすることなく木々の間を飛び回って兎を確保する。


 おかげで、狩りに出るたびに森人族の長老から定められている狩猟上限いっぱいまで肉を調達できている。


 ちなみに俺は狩猟に関してはあんまり役に立ってない。弓は下手だし、魔法など撃とうものなら兎が消し炭になってしまう。結局、キバイノシシのような大物を狙う時しか出番が無かったり。


 とまあ、そんな風にここでの暮らしも慣れてきたところだ。


 朝食をとり、軽い掃除や洗濯を終わらせた後は、近場の広場の方へと出向く。


 広場、というのは森人族の集会場のようなものらしいが、これは同時に国の中に複数同時に存在し、その広場を中心として世代ごとに分けられた数百人が暮らしているのだという。そんな広場が20~30程。それがこの国の全容なのだとか。


 そして、俺たちが借りている家から最も近い広場は、若衆と呼ばれる森人族でも未成年に分類される子供が共同生活を送る区画らしい。


 通称『若衆広場』


 満100歳を迎えるとこの若衆から卒業し、国内にあるいずれかの広場に所属することになるのだという。なので、この広場一帯が一番住人の入れ替わりが多いのだとかなんだとか。


 なるほど、だから俺が借りた家は空き家のわりに手入れされていたのか、と納得した。きっとこの家も、少し前まで未成年だった森人族が使っていたのかもしれない。


 ついでに言えば、若者が多いのもジューダスさんの配慮だろう。年齢は相手が森人族ということもあってかなり離れているだろうけれど、同じ子供ならば仲良くできるだろうという。


 ……そうみると、グラニってなんなんだろうな。あいつ、他の森人族に比べてあまりに逸脱しすぎてる。身長といい、思考といい。俺が魔人族の忌み子なら、あいつは差し詰め森人族の異端児ってところじゃないだろうか。


 なにはともあれ、そんな若衆広場に到着した俺がするのは講談だ。いや、講談というよりは紙芝居か? 紙ないけど。ともかく、前にも言ったように俺は外の物語を語ることで、その対価に食料を頂いていたのだが、それを見ていたジューダスに仕事にしたらどうだと言われたので、ここでの俺の仕事は広場に行って話をすることになった。


 どうやら物語を聞くということも、知識を重んじる森人族たちにとっては価値の有ることらしく、特に国外のおとぎ話は触れる機会すら滅多にないから是非とも頼むと言われてしまった。


 そんなわけで、今日も今日とてコツコツと口頭で話すようにまとめた日本昔話やら日本の漫画やらを一時間ほど語った。


「桃! 桃食べたい!」

「ララは団子!」


 今日の話は桃太郎だ。ただし、相手は鬼ではなく魔物だったりする。なにせこの世界には鬼人族という亜人がいるのだ。流石に悪者にするわけにはいかないので、そこは魔物にさせてもらった。ちなみに悪役の魔物がゴブリンだ。桃から生まれた桃太郎が、犬猿雉を引き連れてゴブリンキングを倒しに行く。うーん、なんだろうこのキメラ昔話は。


 ちなみに浦島太郎を背中に乗せるのは亀じゃなくて海竜だし、花咲じじいは土属性の魔法使いで、耳なし芳一は神父である。


 やはり根本的に魔法や魔物なんて元の世界に無いものがある分、そこはかとなく物語を改変した方が伝わり易かったりするんだよな。カグヤ姫とか、ありもしない宝を王子たちに求めるシーンで、まさか現物に近いものが森人族の倉庫から出てくると思わなかったし。


 なにはともあれ、そんな風に毎日広場に顔を出しているものだから、排他的と言われている森人族の若者たちとも交流ができてきた。


 ロロララやグラニはもちろん、粉引きが得意なグーハスはよく料理をおすそ分けしてくれるいい奴だし、毎度毎度一番前の特等席で講談を聞いてるアリアは俺が放した内容をメモするほどマメだ。


 他にもヘスペーラ、マントル、カロッセラ、カルロと名前を知っている森人族も増えた。なんとなく、ここが一番、この暮らしに慣れてきたことを実感する部分だったりする。


 なんとなく、こんな暮らしが続くといいなと思いながら。


 こんな世界を壊そうとしている人間を止めなければと、俺の使命を思い出す。


 一か月。


 一か月経っても進展がなければ、ジューダスさんは俺たちを国外調査隊として国外に派遣する案を長老会に通すと言っていた。今日はその一か月が経ったところだ。


 国外調査隊の話が通れば、俺もそれについていくことになる。だから、ここで彼らと交流できる時間もそう長くはない。


「よぉ、ユーリ! 今日はクッキー持ってきたぜ」

「ありがとうグーハス。お前の焼き菓子はクルエラに評判がいいんだ」

「そりゃよかった! んじゃあ、今度もクッキー持ってくるか。味は何がいい?」

「おすすめで。お前のなら何でもうまいからな」

「そりゃ当り前だぜユーリ! なんたって、俺が目指すのは長老どもの舌も唸らせる最高の料理人だからな」


「ねぇユーリ。今回の話、もし続きがあるとすれば桃太郎が持ち帰った財宝で腐敗した祖父母との戦いの話になったりするのかしら?」

「いや、続きは……でも、そういう話も現代じゃよく書かれてるし……うーん、俺としてはなんとも……」

「そう。結局、この先の解釈は人それぞれということね。とはいえ、私からしたらこの話は勧善懲悪というよりも、悪の見方を考えるべき寓話と言えるわ」

「穿ち過ぎだろ……」


「ユーリ! 次、次はなに話すの!」

「ララも気になる!」

「ネタバレが一番つまんないから言わねぇよ、ロロララ」

「ケチー!」

「ドケチー!」

「はいはい。明日を楽しみにしておけよ」


 講談が終わって、話しを聞いてくれていた友人たちと談笑する。なんてことはない日常。


 だから、忘れていた。


「おい、おい!! お前ら!!」


 この世界は、いつ、何が壊れてもおかしくない世界だということを。


 広場で談笑していた俺たちの前に、一人の森人族が姿を現した。フレズベールだ。ここ最近、彼の姿を見ていなかったけれど……それでも、ぼさぼさの髪の毛や、泥に塗れた姿が何らかの異常事態を指していることが分かった。


 ともかく、フレズベールを心配した若衆の一人――グーハスが、彼の元へと駆け寄って事情を訊いた。


「え、フレズベール……どうしたんだ! なにがあった!」

「くっ……わかんねぇよ! わかんねぇけど……」


 ぜぇぜぇと肩で息をする彼は、取り乱したように口調を荒げながら言う。


「人間たちが、攻めて来た……」


 その言葉を聞いた時、俺は全身の血液が凍り付いたような感覚に襲われた。

 

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