第65話 想定と理外


「何度も言うようだがジューダス。いくらお前の話だとしても、人間国の調査を前倒しすることはできないのだよ。そこまでお前が主張をするとは思っていなかったが……どちらにせよ、長老会の過半数を動かすことはできないだろう」


 たっぷりと髭を蓄えたフーガ長老が、この一か月の間に繰り返したものと同じ言葉を使い、ジューダスの申し出を断った。


「やっぱり難しいんですかね」

「まあな。わしは主の実力を重々承知しているがゆえに、ここまでお前が言うのならと信頼を置くことはできるが……他の長老たちも同じとは言えない」

「ま、そうですよね」


 三顧の礼よろしく、繰り返し人間国の調査を申し出たジューダスの努力によって、フーガ長老の信頼を得ることはできたけれど。そのほかの長老たちの信頼を勝ち取ることはできずにいた。


 というのも、やはりどの長老も未だ人間たちの脅威を認識しておらず、17年前の調査結果から大きくその実力は変わっていないと考えている。


「少なくとも、我が国の精鋭ならば、例え十万の人間たちが襲い掛かって来たとしても追い返せる。それが17年前の結論だ。その脅威がもし二倍三倍に増えたとしても、同じこと。少なくとも、この大森林に措いて我ら森人族に勝てるものなどいない」

「その通りです、まったくもって」


 それはもちろん、森人族たちが人間を軽視しているからではない。17年前の調査は限りなく正確なモノで、フーガ長老が語った戦力予想もかなり正確な予想だ。


 そして、17年の時が経とうともその予想が覆ることがないことも、正しい人間国に対する評価であると言わざるを得ない。


 強いて言うとすれば、そこに彼らが予期しない計算外が含まれていないだけで。それさえなければ、正しい予想だったと言えるだろう。


「ただ、そのことを知ったうえでジューダスが進言してきていることもまた事実。その話を、わしとしては無視することはできないが……やはり、難しいだろうな」


 もちろん、計算外を計算に入れていない森人族たちではない。けれども、彼らはその計算外すらねじ伏せられると考えている。


 少なくとも、彼らが住処とする大森林で戦う限り、決して負けることはないと豪語するほどには。


「長老会の定例会議は明日だ。もちろん、この話は再度持ち込むとしよう。だが、受理される可能性は限りなく低い――」

「なら、フーガ長老。こういうのはどうでしょうか」


 長老たちを説得することは難しい。いや、不可能と言っても過言ではない。そこまでフーガ長老に言わせたうえで、ジューダスはとある提案をした。


「俺が陣頭指揮を執り、100歳未満の森人族たちを率いて国外調査をします。それなら、問題はないんじゃないですか?」

「……なるほどのぉ。そういえば、今の若衆にはあの男がいたか」

「他にも有望なのが数人。もちろん、まだどの長老の息もかかっていない未熟者です」

「まあ、前倒しにするよりは勝算がある話だな」


 長老たちが国外調査を渋る理由は、やはり同族――特に、自分の部下を失うことを怖れているからだ。ならば、自分の部下でもない、替えの利く若者たちが犠牲となるならば……知恵を持たぬ人間が死ぬだけならば、少しは聞く価値のある話だと、国外調査に前向きになってくれるかもしれない。


 しかし、それはあくまでもかもしれないというだけの話だ。


「大丈夫ですよ。いざとなったら、勝手に出国しますから」

「かつてのお前の親友のようにか?」

「ええ、ハズベルのようにです」

「それなら、みな首を縦に振るかもしれないなぁ」


 勝手に動かれるぐらいなら、一枚は嚙んでおこうと思うのもまた人の性。思ったよりも勝算が高そうな話に、フーガ長老は感心したように髭を撫でた。


「あいわかった。明日の会議で進言してみよう」

「ありがとうございます」


 ユーリが来てから約一か月。その間、何度も長老たちに人間の危険性を調査するべきだという話を持ち込んだが、取り合ってくれたのはフーガ長老だけだった。


 そんなものだから、これ以上は無駄かとジューダスは見切りをつける。そして、今の今まで温めていた作戦に乗り出した。


 ジューダスを筆頭とし、グラニやロロララを率いて、ユーリにも協力してもらったうえで、国外調査に乗り出す。


 これならば、人間国の調査の片手間に、他の亜人ともコンタクトが取れる。それに……帰ってこない親友を探すこともできるはず。


 風は今、自分たちの方を向いている。フーガ長老の言葉に大いなる追い風を感じたジューダスは、満足気にその場を後にした。


 これから、彼はユーリたちの下に行き、国外調査の話を改めてすることだろう。それから、付いてこられそうな人材を100歳未満の森人族の中から改めて選別し、綿密な旅路のスケジュールを立てるはずだ。


 けれども。


 彼は気付くべきだった。


 時間をかけるということの、危険性について。




 ◇◆◇




 何かに気づく、とは文字として記載する以上に大変なことであるのは、世間一般的には当然のことだと思われる。


 故に、気づかないことは罪ではないし、気づけないことは失敗ではない。例えそれが、この先にどのような結末が待ち受けていたとしても、それはすべて仕方のないことなのだ。


 そもそもの話、気づけていたからと言って、すべての問題が解決するのならば、この世界にはミステリーなんてジャンルは存在しなかったことだろう。


 故に。


「効率的に行こうぜ、お前ら。チナツとカオリは村の殲滅。ハルカは取りこぼしの追撃」

「デモニスの時とおんなじねー了解了解」

「いやいや、コウキはどうするのさ」

「俺? もちろん働くに決まってるだろ? ただ、俺は頭がいいからな。まずはこの国の頭を全員ぶっ殺す。それなら、もっともっとエルフどもを狩りやすくなるだろ?」

「さっすがコウキ!」

「天才~!!」


 異邦人は森へと迫る。


 しかし、誰も彼らの足音には気付くことができなかった。


「んじゃ行こうぜ、エルフ狩り!」

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