第62話 後悔の記憶


「何度も話しただろうジューダス。現在、人間国の件は長老会で検討中だとな」

「そうですか」

「ああ、少なくとも遠征は慎重にならねばならない。そもそも、外から来た子供の話にどれほどの信ぴょう性があるか……裏取りができるまで、そのような話に翻弄されるわけにもいくまいよ」

「わかりました。それじゃあ、失礼します」


 人間国の調査についての進展を、森人族を取り仕切る長老会に訊きに来た俺は、予想通りの進展のなさに辟易としながら老人会を後にした。


 色が抜けて白色に近くなった金髪を長く伸ばし、それと同じぐらい長く伸びた髭を蓄えたフーガ長老。彼が長老会の中じゃ一番話が分かると思ったが……やっぱりだめだったか。と、そんな風に俺は一人事を言った。


 長老会。これは、500歳を超える13人の森人族たちの長老が、話し合って国の方針を決めるための議会のようなものだ。彼らの知識と経験は森人族の国の中ではトップクラス。故に、森人族たちは彼らの決定を信頼している。


 そんな彼らが人間国の調査を渋っている。その事実だけで、人間国への調査が前倒しになる可能性が限りなく低いことはわかった。


 まあ、それもそうだ。森人族たちは大きな変化を嫌っている。永い時間を生きるが故の特性だろう。


「……まあ、俺もそう考えていた一人だったんだけどなぁ」


 頭をガシガシとかきむしってから思い出すのは、旅に出た親友の顔だ。数年で戻ると言っていたアイツは、もう10年は帰って来ていない。


「ハズベル。どこに行ったんだよ全く……」


 大事無ければいいと思いつつ、やはり不安になってしまう。俺ももう200年は生きているが、国の外に出たのは10年と少しだけ。それも何十年と前の話だ。


 そもそも、俺がユーリに接触したのだって、ハズベルに関する話が聞けたらラッキーぐらいだったってのに……予想外に話が大きくなってやがる。


 国外調査隊。当時の世界を取り巻く情勢を調査するために旅をした時のことは、昨日のことのように思い出せる。


 あの時の功績のおかげで、国の中でもそれなりの地位に居られるが……それでも、あの旅路を俺は後悔している。


 俺はあの旅で兄弟と恋人を失った。


 だから、今となっても旅の記憶は悔恨に満ちていて、そのせいで外に出ることに消極的になってしまっていた。長老会に今回の調査を強く進言できていないのも、結局はその後悔のせい。


 ただ、それでも。


「過去に囚われてる場合じゃねぇのかもな……」


 あの調査隊の生き残りは俺とハズベルのただ二人。出立時には10人もいたというのに、凄惨すぎる結果だった。


 その上、最後の戦友まで失うだなんて……俺は嫌だ。


「いざとなったら俺が陣頭指揮を執ることにすればいいとして……さて、メンバーは誰がいいか」


 例年通りであれば、次の人間国の調査は八年後。

 長老会が調査の前倒しを渋っているのは、十中八九貧乏くじの押し付け合いが理由だろう。


 俺が調査に出たとき以外も、国外調査隊は情報と共にそれなりの犠牲を持ち帰る。つまり、国外調査隊として派遣されるということは、名誉以上の貧乏くじなのだ。


 そして、大抵は13人の長老の内、誰かの派閥の人間が調査を担当することになる。もちろん、腕が立つ調査員を選ぶ必要があるだろう。


 人数は増減は在れど大体10人。つまり、自分が擁する腕利きの森人族を10人、いつ死ぬかもわからない旅路に投入しなくてはならない。


 森人族はそもそもの総数が少ない。この国だけでも6000人と少し。だから、たった10人と言えど居なくなれば派閥の弱体化は免れない。


 なので、長老たちは自分がその貧乏くじを引かないために、日夜水面下で駆け引きを行っているのだが……そんな彼らが、ただでさえできるだけ長く伸ばした国外調査のタイミングを早めるなんて話に乗るわけがない。


 だったら、俺が動くしかないだろう。かつて、国外調査隊の陣頭指揮を執った経歴を持ちだしてまでも、貧乏くじを取りに行くしか。


 現状、俺は長老会との関係性が薄い人間だ。まったくないわけではないえけれど、重用されている手駒でもない。だから、俺が消える分には誰一人として文句を言うやつはいないはず。


 問題は、長老たちが納得できるメンバーを集められるか、だ。100歳以上のめぼしい人材は既に長老会の誰かしらの息がかかっている。そいつらを集めたとしても、長老会が首を縦に振るとは思えない。


 となると、まだ未熟で未完な100歳未満の森人族から選ばなければならない。


「……そういや、今ユーリたちは狩りに言ってるんだったか。グラニあたりもついて行ってそうだし、俺も様子を見に行くか」


 俺も変わらず変化を嫌う森人族ではあるけれど、しかしユーリがここで人間国の不穏な空気を持ち込んでくれたのは、親友を探しに行くためのちょうどいい口実になる。


『おい、なんで外に行くんだよ! あんなことがあったってのに……』

『あんなことっていったいいつの話をしてやがるジューダス。俺は今日という今の話をしてるんだぜ。っつーわけで、ちょいと気になることがあるから国でるわ。ま、安心しとけ。なんも無けりゃ数年で戻ってくるって』

『何かあったらどうすんだよ!』

『そんときゃそんときだ。それともなんだ。国外調査の時みたいに、ジューダスがまた助けてくれるか?』


 結局、俺はハズベルのその言葉に何も返すことができなかった。


 あいつはよく今の話をした。昔でも未来でもなく、ハズベルの奴は今の話だけをしていた。だから、あいつの言葉を借りて言おう。


「今この瞬間が、後悔ばかりの俺を変えられる最後のタイミングなのかもしれないな」


 そう呟きながら、俺はとりあえずユーリたちが狩りをしている森の方へと足を運ぶのだった。

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