第61話 寝起と伝言


 外から差し込む陽光。

 背の高い木の間を吹き抜ける風が家の中を通りすがり、心地の良い風が朝の訪れを教えてくれる。


 借家に備えられていた布団からもそもそと起きてきた俺は、ぐぐぅーっと伸びをしてから一言。


「……また嫌な夢を見たな」


 心地の良い朝を嫌な夢に塗りつぶされてしまった気持ち悪さに大きなため息をついてから、今日――森人族の国滞在一週間目は始まった。


「あ、おはよユーリ」

「おはようエレナ」


 どうやら先に起きていたらしいエレナが、ぴょこんと土間の方から顔をのぞかせて挨拶をしてきた。それに俺も軽く挨拶を返しつつ、次にすぐ隣で猫のように全身を丸めたコンパクトなサイズになって、俺の布団の中に潜り込んでいるクルエラへと声をかけた。


「おーい、起きろクルエラ」

「んにににに……おはよ、ゆーり……」


 声をかけられたクルエラは、俺がさっきやったように伸びをする。


 ただ、着物のような寝間着に着替えている彼女であるが、如何せん胸元の年齢にそぐわないダイナミックなそれを全く隠しきれていない。そのせいで、危うく零れ落ちそうになってしまう。


「ちょちょ、クルエラ!」

「ふに? どうしたのえれな」

「服、服! なんでしっかり縛ったはずなのにはだけちゃってるの!」


 こっそりと俺が視線を明後日の方向へと逸らしたところで、すかさずエレナがフォローに入ってくれた。


 一応、俺とクルエラは寝る部屋を分けていて、エレナとクルエラは同室だ。もちろん、その理由は異性だから。


 俺の肉体は10歳でしかないけれど、中にいるのは25歳の人間だ。相手が14才とは言え、同じ部屋で寝るのは少々罪悪感がある。特に、クルエラは距離が近すぎるから。


 しかし、寝相が悪いのか知らないけれど、夜の間に人知れず部屋を抜け出したクルエラは、いつの間にか俺の布団に潜り込んでいるのである。もちろん、初日や二日目は言い聞かせたけれども、それでも治らない以上はもう気にしないようにするしかない。


 というわけで、無心になって起き上がる毎日が続いている。


「おーい、朝食は昨日貰った木の実でいいよな」

「食糧庫の方にあるからお願い~!」

「あいよー」


 さて、森人族の国に来てから一週間。ここの暮らしにもそこそこ慣れてきたところだ。


 一番の進歩は、近くに住む森人族との交流ができたことか。誘拐された一件から悪印象を免れないかと思われたが、意外にもグラニと互角の勝負(グラニの一撃を受けて意識があっただけで互角らしい)をしたことで、逆に好印象を持たれていた。


 そして、ジューダスが言った通り、森人族たちは外の知識に対して興味津々だった。なので、外のことを教えるのを引き換えに、食料をもらったりしている。


 ただ、教えるのは知識ではなくてもいいようで、特に物語はかなりの好評だった。そんなわけで、俺のここでの仕事は似非講談師。いや、吟遊詩人か? ともかく、広場で俺は地球由来の話を幾つかさせてもらった。


 こういう時に、日ごろから落語でも聞いておけばなと後悔するとは思わなかったよ本当に。


 ブラック企業で仕事に忙殺される前は、小説も漫画もアニメも映画も見ていたけれど、語って楽しませるならやはり落語が一番だ。


 というか、他の話は口頭でわかりやすく、尚且つそこまで長くならないようにするために話や表現を変換しないといけない分、話すのが大変だった。


 まあ、俺の落語のレパートリーなんて寿限無と饅頭怖いと有名どころぐらいなもので、これ以上となるとやはり漫画や小説の知識から引っ張ってくるしかないんだけどね。うーん……異世界的に考えて、ヴェルヌとかコナンドイルとか絶対伝わらねぇーよなー……。とりあえず日本昔ばなしから行くか?


 と、そんなことは一旦措いておいて。


「結構もらったな」


 土間のすぐ隣にある食糧庫の中にあった森人族たちからどっさりと頂いた木の実はかなりの量で、あと数日は持つだろう。保存方法も、水魔法に保存に便利な魔法があり、それを使えば腐らずに一か月は持つ。


 問題は――


「おにく! わたし、おにくたべたい!」

「だな。こればっかりは自分たちで取りに行かねぇとなー」


 そう、肉だ。


 というのも、森人族は植物由来の食材を好んで食べている。別にベジタリアンというわけではないとは思うのだけれど、祭事でもない限り肉系の料理を食べないらしい。


 けれどこちらには肉食と言って差し支えない人物が二人いる。クルエラとガルガンチュアだ。


「がう」

「流石にガルガンチュアも肉が食べたくなってきたか」

「がうがう」


 抗議するように、土間の窓からこちらを見て来るガルガンチュア。


 誘拐の件でもエレナたちが家を飛び出した際に、荷物が取られないようにと一匹で大人しく留守番をしていた、あまりにも出来過ぎた俺の友達ガルガンチュアであるが、一週間もお肉が食べられないとなると流石に文句も言いたくなるらしい。


 なので、お肉が欲しい所なのだが……これがまた厄介で。当たり前なことだけれど、森人族の国はこの森林一帯を含んでいる。そして、ここで狩りをするのは長老の許可が必要なのだとか。


 まあ、狩りすぎると生態系が乱れるのは地球でもそうだったわけなので理論はわかる。なので、ジューダスさんに頼んで許可を取ってもらっている真っ最中なのだ。


「ま、もうちょっとの辛抱だーっと」

「おーい! ユーリ、居るか!」

「……この声は」


 さて、朝食の木の実を人数分取り分けていると、外から嫌に大きな声が聞こえてきた。声の方からして借家の入り口から発しているんだろうけど、あまりにも声のボリュームが大きすぎて耳元で叫ばれているみたいだ。


「くぅーん……」


 ああほら、ガルガンチュアも前足で耳を覆っちゃったじゃねぇか! ああもう、行けばいいんだろ行けば!


 そう言った俺は、土間にある裏口から急いで表に飛び出して、俺を呼び出した張本人の名を呼んだ。


「グラニ! 勝手に入っていいから、その大声は出すなって言ってるだろ!」

「いいだろ別にこんぐらい! それよりも、戦おうぜユーリ!」

「嫌だ!」


 そう。俺の名を呼んだお客様は、グラニであった。あれから、どういうわけか俺のことを気に行ったグラニは、毎日のように借家へと足を運んでは、もう一回戦おうぜと誘いをかけてくる。


 けれど、ああいう争いごとはジューダスさんからやるなときつく言われているので、当然断っている。その度に残念そうにするグラニは、当然のように借家に居座るわけなのだが……


「って、今日はララとロロも一緒か」

「たのもー!」

「ララ、看板頂きに参ったー」

「ここは道場じゃねぇよ」


 二メートル半もあるグラニと並ぶと、本当に小人でしかないララとロロの二人も今日は足を運んで来たらしい。


 例の広場に俺が食料集めに講談に行くときは、必ずと言っていいほど姿を現す二人だけれど、こうして借家の方に来るのは初めてじゃないだろうか?


「ユーリ、ユーリ」

「ん、どうした?」

「ララたち、伝言預かってる」


 っと、どうやら二人は、誰かの使いでここまで来ていたようだ。


「ジューダスから」

「狩りの許可が取れたから、ララたちが見張りで狩りに行ける」

「ってことだから、俺と勝負としようぜユーリ!」

「一気に話すな一気に」


 どうやら、ジューダスさんはきっちりと狩りの許可を取って来てくれたらしい。ララによれば、大物二体、小物五体までなら狩猟してもいいとのこと。


 よかったよかったと伝言を聞いて安堵した後、くるりとグラニの方へと向き直って、もう一度彼の話を俺は訊いた。


「大物二体だろ? なら、どっちがよりでけぇ魔物を取ってこれるか勝負しようぜユーリ!」

「……まあ、それぐらいならいいか」


 なんともまあ、勝負事の好きな男だなと思った俺であった。


 

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