第60話 詰問と詭弁


「さぁて、お前ら自分たちが何をしたかわかってるな?」


 さて、これは一体どういうことなのだろうか。

 広場の中心で、先ほどまで俺が拘束されて寝かせられていた場所に、今度は地面から首だけを生やすようにして、体の九割を埋められている。


 ちなみに隣にはグラニも居て、ちょうど俺とグラニの生首が並んでいるような状態だ。


 その前には呆れた顔をしたジューダスさんが胡坐をかいて、頬杖をついてる。


 その目は表情よりも呆れきっているけれど、それは「何をやってんだお前」というよりも、「またか」と嘆くような雰囲気が含まれていた。


 おそらくはまあ、隣にいるグラニが原因なんだろうけれど。俺は完全に巻き込まれた側なのにどうしてこうなっているのだろう。


「ユーリ、たのしそう」

「お前もやるかクルエラ」

「いいの?」

「……冗談だ」


 さて、地面に埋まる俺の頭をちょいちょいと突くクルエラのことは措いておいて、とりあえず俺はこの状態に対する抗議をジューダスへと行う。


「ジューダスさん。流石に誘拐された上で処刑をちらつかせられたら抵抗もしますよ」

「そうなのか?」


 俺が誘拐されたことについては初耳らしいジューダスさん。彼は俺の言葉を聞いた後に、背後にいる人物にその詳細を訊いた。


「いやいやいや! そいつが先に襲い掛かって来たんですよジューダスさん! 俺たちは必死になって抵抗したんすけど……なぁ、みんな!」

「あ、ああ……そうだな。フレズベールの言う通りだ……」

「うん、そうだよね」


 ジューダスさんの背後にいる人物とは、グラニの部下でその中でも幹部に当たるぐらいの地位を持つフレズベールだ。


 けれども、どういうわけか俺が襲い掛かったことになっている。これはどういうことだろうか。まあ、考えるまでもないけれど、ここで自分たちから仕掛けたとバレるのは彼らとしてはかなり不味いことなのだろう。


 もしくは、口八丁で俺達を追い出すための理由を作っているのか。とにかく、ここに居る森人族たちは全員フレズベールの意見に同調して、俺を悪し様に語っている。


「最初にユーリのことを攫ったのはそっちの方でしょ! 負けたからってみっともないよ!」


 ここで対抗馬として声を上げたのはエレナだった。フレズベールの意見に同調する森人族は20人近くいるというのに、それでもなお反論を口にできるエレナの肝っ玉には感心するばかりだ。


 というか、なんかハドラに居る時よりも心なしか頼もしくなってる気がするけど、なんかあったのかな。


 ……いや、そういえば初めて会った時から、一人で魔物討伐しに行ったりしてたし、クルエラを助け出す時もこっそりと馬車に乗り込んでいた。


 これが、彼女の勇気なのか、相も変わらず危機感が足りていないのかは、わからないけれども。


「そもそも、なんでこっちから襲い掛からなきゃいけないのさ!」

「知るかよそんなもん! とにかく俺たちは被害者だ! こいつらを国から追い出してくれよジューダスさん!」

「追い出すって……最初からそれが目的だったんじゃないの!」

「うるさいぞ女が! お前らみたいな野蛮な亜人共が来ていい場所じゃないんだぞここは!」


 とはいえ、エレナとフレズベールの言い合いは水掛け論の様相を呈してきた。このままでは話は平行線。中途半端な結末を迎えてしまう可能性がある。


 ただ、俺がなんか言ったところでなー……。ジューダスさんはさっき話したこともあって知った顔だけれど、信用があるかと言われれば違うし、話しをややこしくしかねない。


 ただ、生憎とここは森人族の国。俺の味方をしてくれる奴なんて――


「おい、フレズルーベ」

「っ……グラニ、さん……なんですか」


 そんな折、今の今まで口を噤んでいたグラニが、地の底から響いてくるよな重低音でフレズベールの名前を呼んだ。名前を間違えているのは既にご愛敬だ。


「俺は頭が弱いから、まとめ役としてお前を参謀にしてるってのは全員が知ってる話だ。お前は頭がいいからな。なら、こいつらが襲って来た理由もしっかりとわかってるはずだ」

「い、いや……それは……その……」

「なに? おい、フレベルーズ。もしかしてお前は、そんなこともわからないのに俺の参謀を気取ってやがったのか?」

「い、いえ、そんなことはありません!」


 地面に埋まったままの状態でも気迫あるグラニの目は、今すぐにでも飛び掛かってお前を殺してやるとでも言わんばかりの殺気を放って、フレズベールを睨みつけている。


 冷汗を垂らすフレズベールは、ぴしっと背筋を伸ばして居ずまいを正してから、グラニの言葉に答えた。


「お、おそらくは、暴力行為で力を示すことで俺たちを脅し、良いように言うことを聞かせようとしてきたんじゃないかと……」

「つまりお前は、こんなチビを相手に恐れをなして膝を折り、相手に傷一つ付けることもできずに、気絶するまでコテンパンに叩きのめされて完敗を喫した、ってーことか?」

「ぐぅ……!! そ、その通りで……」

「嘘だな」


 苦し紛れのフレズベールの言葉に対して、断言するようにグラニは言う。


 ってかこいつ、また俺のことチビって言ったか?


「じゃあなんでチビは、あんなに中途半端な攻撃しかしてないんだ? 力を見せつけるってんなら、普通派手な魔法や必要以上の残虐性を見せるもんだろ。効率がいいからな。だが、見たところお前の体にゃ拳が一発叩きこまれただけ。他の連中はどうだ? おい、この中にこのチビにどつき回されたってやつはいるか?」


 それからグラニは、辺りを見回すように、広場に居る森人族たちへと訊く。けれど、声は上がらない。当たり前だ。俺が攻撃したのは、フレズベールに一度だけなのだから。


 っつかやっぱりチビって言ったよな。言ったよな!!!


「そもそも、だ」

「な、なんですか、グラニさん……」

「いつ、誰が、こいつを攫って来いと言った。俺は一度も、お前らにそんなことを言った覚えはないぞ」

「ッ……!!!」


 ……ん? グラニは俺を攫って来いなんて言った覚えはない? ……いや、待てよ。そういえばグラニの奴、初めて会った時にこんなことを言ってたな。


『なんだお前?』

『はーん……その角、魔人族だな。なんでこんなところに居るのかは知らねぇが、片角ってこたー……どっちにしろ、ちいせぇくせしてただモノじゃない感じはする』


 言葉の様子からして、魔人族が森人族の国に居ることすら知らない様子だった。もしかして、グラニじゃない?


 なら、俺を誘拐しようと画策したのは――


「……決まりだな」


 グラニの言葉に一言も返せないまま顔を青くするフレズベールの姿を見て、ジューダスさんは言った。


「疑っちまって悪かったなユーリ。とりあえず、今回の件はこっちで処分させてくれないか?」

「ああ、はい。いえ、此方として反撃したことを不問とさえしてくれれば、特にどうこう言うつもりもありませんよ。別に、こっちがなに被害を被ったわけでもないので」

「恩に着る」


 なにはともあれ、こうして誘拐事件は一件落着となった。


「あ、あ……グラニさん……お、俺は……」


 あとのことは、もう俺の知る所ではない。


 

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