第59話 魔法と暴力


 戦うとなった瞬間にグラニが発した殺気は尋常なモノではなかった。


「マジかよ……」


 広場に充満するソレは、まるで膨張する風船のようにあらゆるものを押し潰すかのように広がっていく。


「に、逃げろ!」

「グラニが戦うぞ!」


 はてさて、広場に居た森人族たちは、災害でも訪れるかのように顔を青くして逃げ出している。ララロロの二人もまた、無言で遠くへと移動していた。


 半分ぐらいその場のノリでやるならやると言ったけれど、早まったか?


「行くぞォ!!」


 獣のように吠えるグラニ。


 対して、体勢を低くしながらこちらも戦闘準備を整える。あたりに浮かべる水球は四つ。ついでに、いつでも盾となる土壁を張れるように地面に魔力を流しておく。


 相手は森人族。しかもこれほどの威圧感を放つ強者だ。ともすれば、その迫力はハドラの町で相対したバラズさんを超える代物。果たしてどんな魔法を使ってくるのか、まったくもって想像もつかない。


 魔人族は魔法を扱う上で最強ではあるが、俺の魔法知識は自衛に偏っている。だからこそ、目の前のグラニのような、目の前の敵に全力の殺意を向けるような奴が使う魔法が、わからない。


 これだけの備えで足りるのかすらも、不安になってくる――


「ッ!!」


 そして、相手はそんな不安を慮ってくれるような聖人ではない。そもそも、聖人ならばメンチを切って戦おうなんて言わない。


 ともあれグラニは動き出した。拳を握り締め、大きく息を吸い、肺いっぱいに空気をため込み、魔法の詠唱を――


「死ねぇ!!!」

「ちょ、肉弾せ――」


 跳躍するように全身を躍動させながら、グラニは握った拳でそのまま殴りかかって来た。おい、森人族なんだから魔法使えよ!!


「ふざけんなァ!」


 こちとら魔人族と言えど10歳児の身の上。だというのに、グラニが放ったこぶしには情け容赦も感じられない渾身の威力が込められていた。


 バラズさんの時ほどではないにしろ、とっさに土壁を張って防御したが無駄。5枚の壁のすべてを打ち砕き、なお威力を下げずに拳は俺の方に向かって来た。


 もちろん周囲に浮かべていた水球を差し込んで、水の抵抗力で威力の減衰を狙うが、そちらも無駄に終わる。


 結局、微塵も威力を落とすことなくその拳は俺の体へと直撃する。


「ッ!!」


 腕をクロスさせた上で、常時発動している表皮の防御力を上げる魔法〈アイアンスキン〉の出力を上げる。これ以上の防御力を上げると動きづらくなるのがこの魔法の難点だけれど、この状況じゃ動ける動けないなんて関係ない。


 とにかく防御しなければ――!!


「ッッッッッ!!!!」


 接触。爆裂。轟音。浮遊。


 放たれた拳が俺の体に接触するや否や、あらゆる法則を無視した勢いで俺の体が宙へと飛ぶ。あまりにも長い浮遊感。いくら俺が軽いからって、どんな馬鹿力で殴ればこんなに飛ぶんだよ!


「〈渡り鳥の翼〉!」


 いくら防御力を上げているとはいえ、このまま着地してはひとたまりもないと発動したのは空魔法〈渡り鳥の翼〉。

 風と水の魔法によって作り出した疑似的な翼による一時的な飛行によって、俺は何とか空中に留まった。


「おい、お前空飛べるのかよ!」

「そういうお前は、なんで落下地点に居るんだよ」


 地上から20メートルも上空にいるというのに聞こえてくるグラニの声。声のする方向に視線を動かしてみれば、俺の落下地点へとグラニは移動していた。


 もしもこのまま吹き飛ばされるがままに吹き飛ばされていたとしたら、グラニが放つ二の矢が俺に襲い掛かっていたことだろう。


「流石にこれは、手加減なんてしてたら俺の方が死んじまう……」


 たった一撃。しかし、その一撃だけでこうもはっきりと己の実力を俺の認識に叩きつけてきたグラニ。


 例えこれが彼にとって娯楽の一つだろうと、俺にとっては一歩間違えれば殺人に至る殺し合いだ。あんな馬鹿力、まともに受けたら死んじまう。


 だから。


「〈ライトニング――」


 俺も本気で――


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

「っ!!!」


 本気を出す。

 そう思ったその時、耳元でメガホンでも使われたかのような大絶叫が、大太鼓の如き衝撃で俺の頭を揺らした。


 思わず耳を塞いでしまったことで、魔法の発動句は途切れ、それどころか余りの騒音に風の羽根は解けて消えてしまった。そしてそのまま俺の体は下へと落ちて――


「きゃっち」

「うわっっぷ」

「わぁ! ほ、本当に落ちてきた……ユーリ、大丈夫?」


 どうやら下で構えていたらしいクルエラに、俺の体はキャッチされたのだった。隣にはエレナもいる。


 いやいや、子供の体躯とはいえ20メートル上空から落ちてきた肉の塊をキャッチして、クルエラはどうして平気そうな顔をしていられるのか。やはり獣人族というのはパワフルな生態をしているらしい。


 まあ、今しがた俺が戦っていた男は、獣人族すらも引くほどパワフルだったけど。


「それで……」


 キャッチ&ぎゅーとでも言おうか、そのまま俺を絞め殺す勢いで抱きしめてきたクルエラに全力で抵抗しながら――って、抵抗できない! なんだこいつどこにそんな力が……!!


「あー……お楽しみのところ悪いんだけど、何が起きたのかを説明してくれるか、ユーリ」

「そ、そうしたいところのはやまやまなんですけど……クルエラ! ステイ! ステェエエエイ!!!」


 ジューダスさんが、何が起きたのかを聞くために現れてくれたのはいいのだが……こうもクルエラが放してくれないと説明も何もできない。


「やだ。ぜったいにはなさない。どこかにいかせない」

「わかった! わかったから! せめてもうちょっと抱きしめる腕の力をだな……きゅう……」

「クルエラ! ユーリの意識が! 意識が無くなっちゃったよ!」

「むぅ……眠るユーリも可愛い」

「クルエラ!?」


 

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