第57話 濃霧と一発


「先に言っておくけれど」


 広場のど真ん中で十数人の森人族に囲まれながら、俺は言う。


「何もしてこないんなら何もしない。別に、俺はあんたらと敵対しに来たわけじゃねぇからな。ただ……」


 殺すつもりもなければ、敵対するつもりもないけれど。だからと言って、殺すと言われたまま黙っているほど俺はお人よしでもなければ、博愛主義者でもない。


 だから、殺すと言われたら、殺し返す。それぐらいの敵意を込めて。言う。


「やるならやるぞ」


 そう言いながら、俺は臨戦態勢を整えた。


「〈ウォーター〉」


 バラズさんに言われた通り、二週間の旅路でそれなりに仕える攻撃魔法は増やした。家を漁った時に、魔導書があったのが幸いした。とはいえ、本には中位の魔法までしか載って無かったので、勇者との戦いだと無力かもしれないけれども。それでも、意味のある学びだったはずだ。


 とはいえ、この場で使うには火魔法や土魔法は殺傷能力が高すぎる。風魔法や雷魔法も同様だ。そこで俺がチョイスしたのは水魔法。これもこれで、斬ったり溺れさせたりとできてしまうけれど、他の魔法よりは加減ができる。


 だから、水のないこの場所でいつでも水が使えるように、俺は自分の周囲に四つの水球を浮かべておいた。


「なんだこいつ……! いや、いい! ロロララ! ソイツから離れろ、俺がやる!」


 敵意のないロロララ二人は措いておいて、警戒するべきはフレズベールか。周囲の森人族たちへと指示を飛ばしていたところからすると、トップでないにしろリーダー格の人物であることに間違いない。


「え、でもやらなきゃ何にもしないって言ってたよこの子」

「そーだそーだ」


 しかしここでマイペースなロロララの二人である。どういうわけか俺のことをかばってくれているけれど、その扱いは人間というよりペットなのでやめてほしい。


 ただ、この援護はありがたい。森人族は同族意識が強いと言うし、ここは一つ、彼女らの意見を利用してフレズベールを丸め込もう。


「ロロの言う通りだぞ。俺は別に、争い合うためにここに来たわけじゃないから、このまま家に帰してくれるってんならなんにも――」

「〈アースクェイク〉!」

「――って危なぁ!?」


 しかし彼は聞く耳もたず、地面を粉砕する魔法で直接俺を攻撃してくる――近くにいるロロララごと。


「ちっ……〈アクアシールド〉!」


 浮かべていた水球四つの内二つを使ってロロララの二人を守る。〈アースクェイク〉は土の振動で地面を砕き、足元からつぶてを発生させる土魔法だ。その威力は生身で受ければ足や胴体が痣塗れになるほどには強力。それを、仲間を巻き込む形で放つとは――


「わわっ、なに?」

「ララたちを守った?」

「大丈夫かよ二人とも。とりあえず危ないから離れてくれ」

「ん」

「わかった」


 とにかく、水の守りでロロララの二人を守った俺は、それとなく二人を戦場の外へと追い出す。それから、改めてフレズベールに向き直って言う。


「仲間を巻き込むつもりか?」

「こんな時になっても巻き込まれるような位置に入る奴が悪い」

「そうかいそうかい。それなら早く終わらせたほうがいいな――」


 はっきり言ってしまえば、受け身メインでやるつもりだったけど。あちらがそんなにも容赦がないというのなら、手早くけりを付けた方がいい。


「霧魔法〈ストレンジミスト〉」


 火魔法と水魔法の合成による霧魔法。それはあらゆる存在を秘匿する神秘のヴェール。それを、俺は、拡散する。


「な……んだ、この霧!」


 広場に立ち込める霧。一寸先どころか、自分すらも霧の一部になってしまったかと思えてしまうほどの濃霧。声だけが反響する一面の白に戦場が沈む。


「くっ……〈ストーム〉!」


 しかし、フレズベールの対応は早い。中位風魔法『ストーム』は大規模な強風を発生させる魔法だ。これで俺の出した霧を吹き飛ばそうって算段らしい。


 けれども。


「よぉ、懐に失礼してるぜ」

「い、いつの間に!!」


 霧魔法を発動していた時点で走り出していた俺は、既にフレズベールを己の拳の間合いに入れていた。そしてそのまま、彼の胴体に拳を向けて一撃――身体強化の魔法を乗せた、魔法でも何でもないただのパンチを入れた。


「がぁ……あ……!?」


 蹲るフレズベールにもう一撃。彼が膝をついたことで俺の目に前に落ちてきた首元にこれ幸いと、意識を刈り取る殴打を加えて、完璧に彼の意識を断ち切った。


 一応生きてる。殺してはない。


 けれど。


「な、なんだあいつ……!」

「魔人族って体術に長けてるって情報はなかったはずだぞ……!」

「そもそも子供だぞあれは!」


 周囲にいた森人族たちは戦々恐々。子供だから、魔人族だからとなめてかかっていたらしい彼らは、霧が晴れた瞬間に俺の足元に這いつくばるフレズベールを見て、顔を真っ青にしていた。


「お~ぱちぱち。魔人族って近接戦闘もできるんだね」

「ララ、メモしておく」


 まあ、例によってマイペースな二人は相変わらずなようだけれど。


 ってか、あちらから俺を誘拐したとはいえ、これから同盟を結べるほど仲良くしなきゃいけない相手に対してこんなことをしてよかったのだろうか。


 ……だめだな。相変わらず感情的だ。いや、それはバラズさんに忠告されたときからわかっていたことか。もしくは、母さんを失った時から。


 なにはともあれ、どうしようかこの状況。このまま平和に解決~、とか……ならなさそうだ。


「おい、なんだこの状況は」


 広場に新たな森人族が現れた。金髪白肌に長耳と、森人族ではあるのだろうけれど……その背丈はあまりにも周囲から隔絶したもの。


 おそらくは二メートル半ぐらい。そんな化物が、俺の前に現れた。


「なんだ、お前?」

「あんたがグラニか」


 俺を攫った奴らの親玉の登場だ。


 

 

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