第56話 獄門と反撃


 状況を整理しよう。


「魔人族って生きてるんだ」

「生きてるから魔人族なんじゃない?」


 現在、俺の目の前には二人の森人族の女の子がいる。よく似た二人だ。きっと姉妹なのだろう。どちらも見た目の年齢は13、4そこらだけど、長寿の森人族のことだ。その特徴的な長い耳を見れば判る通り、前世でいうところのエルフである彼女らの年齢を見た目から測ることは難しい。


 そして現状、俺は後ろ手どころか手足をぐるぐると拘束されてミノムシ状態だ。辛うじて口を動かせる程度の重拘束だが……まあ、口が動かせるなら魔法が使えるし、脱出は簡単だろう。


 それから周囲は……どこかな、ここ。結構開けてるし、多分集落の広場。集会場的な場所だろうか。そこに俺は寝かされてる。そして、目の前の二人以外にも、遠巻きに何人かの森人族が周りを囲んでいるのが見える。共通点は、皆見た目が若いことだ。


「おい、ちょっといいか?」

「うわ、喋った」

「喋ったから驚いた」


 とりあえず俺は、目の前の二人に声をかけてみる。気分はまるで見世物にされるお猿さんだ。霊長類ではあるけれどさ。


「どうして俺は縛られて見世物にされてるんだ?」

「どうしてって……」

「わからないのララ?」

「ララわかんない。ロロは?」

「全然。なんで知らないのかもわからない」


 どうやらこの二人はララとロロというらしい。けれど、二人は揃ってここに居る理由を知らない様子。


 いや、そもそも。


「ねぇ、魔人族」

「なんだ」

「角触っていい?」

「いや、いいが……」

「じゃあララはお腹。種族間の大きな違いは食性だって話を聞いた」

「縄の上から触って何かわかるのか?」

「んや、全然」


 二人は初めて見るらしい魔人族の体に興味津々と言った様子。ララは角を撫で繰り回して引っ張ったり折ろうとしたり乱暴に扱ってくるし、ロロは拘束ロープの隙間から露出した肌をつまんで何かを確かめている。


 一つ言えることは、どちらも人を相手にしたような態度ではないことか。なんだこれ。本当に何だこれ。


「おい、ロロ、ララ! 何してるんだ!」


 ララロロの二人に好き放題弄ばれていると、彼女らの後ろから声がかかる。男の声だ。ちょっと若めの。


「実験」

「研究」

「お前らは使う言葉は物騒でいつも足りてねぇんだよ!」

「だって、別に殺すんでしょこの子?」

「処刑するならどう扱っても同じ同じ」


 ……え、俺殺されるの?


「だからって今すぐに死んだら意味ねーだろ!」


 まずは処刑するところを否定してくれません顔も見えないお兄さん?


「そもそもなんで処刑するのさ」

「ララ、処刑するぐらいなら実験材料として家に置きたい」

「小さくてちょうどいい」

「それにかわいい」


 今小さいって言ったなおい!? すぐにでもデカくなるぞ俺は!!


「さっき言っただろロロララ! ったく、お前らは自分たちの興味以外のことはすぐに忘れるんだから……」

「忘れない忘れない。忘れてないよフレドバルア」

「俺はフレズベールだ! 誰だよそれ!」

「怒るのよくないよベールフレズ」

「お前らわざとやってるだろ!」


 ロロララの二人に振り回される男は名をフレズベールと言うらしい。簀巻きにされて寝転ぶ俺を、ロロララの二人が取り囲んでいるせいでその顔はよく見えないけれど、声からにじみ出た苦労人気質は隠しきれない。


 さぞや疲れ切った顔をしていることだろう。日本人みたいに。


「グラニの奴は流石に覚えてるな?」

「性格悪い奴」

「ララあいつ嫌い」

「……二人とも絶対グラニの奴の前でいうなよ。ともかく、曲がりなりにも俺たちのリーダーがそいつを人質にしてよそ者に立場をわからせようって話だ。ここまでは理解したな?」

「「うん」」


 ふむふむ。どうやら彼らにはグラニというリーダーがいるらしい。雰囲気的にはガキ大将だろうか?


「お前らだってよそ者に我が物顔で集落を歩かれるのは嫌だろ? そこで、あいつは一番弱そうなやつを誘拐してきたってわけだ。こいつを人質にすれば、例えよそ者だろうということをデカい顔ができなくなるってわけだ」

「「……」」

「質問あるか?」

「よそ者って顔大きいの?」

「ララ、肩で風を切って歩くと聞いたことがる。肩が危険」

「不味いよララ。歩いてるだけで切れちゃうとか人間兵器甚だしいよ。早くよそ者殺さなきゃ……」

「そういうことじゃあねぇよ!!」


 何やら不思議な会話をしているが、要約すれば、よそ者こと国の外から来た俺たちのことが気に食わないらしい連中の仕業のようだ。


 そして、俺はよそ者に言うことを聞かせるための人質と……えぇ? と、反射的に疑問符を立ててしまったけれど、人質とは往々にして弱い奴を捕まえるところから始まるわけで。


 そして俺は、あの中じゃ一番の年下で、認めたくはないし形容することすらも甚だ不愉快極まりないけれど背が低い。それはもう、年不相応に。


 なるほど。


「〈ウォーターカッター〉」


 水魔法の小さな刃で紐を切った俺は、彼らが話している間にすくりと立ち上がった。


「なっ……おい、ロロ! ララ! お前ら魔人族の繩を解いたな!」

「解いてない」

「ララ、緩めた」

「こいつ……!」


 どうやらララは緩めてくれたらしい。絶対善意ではないけれど、ありがとうと心の中で感謝しておこう。


「まあいい。おい、早くこいつを拘束し直せ」

「拘束し直せってなぁ……自分を殺そうとしてる連中の言う通りにするかよ普通」

「なんだよ、よそ者が。口答えをするな!」


 先ほどまでのフレズベールまで様子とは打って変わって、針のような敵意を感じる。が、まあ。最初にしてきたのはそっちだ。


 殺すなら殺される覚悟でやらなきゃな。


「名前で呼べよ名前で。俺はユーリ。よろしくな」


 人間国の時とは事情が違う。少しぐらい暴れても問題ないだろ。


 魔人族に次ぐ魔法の腕を持つって言う森人族の魔法ってのも、体験しておきたいしな。

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