第55話 奇妙な夢枕
「正義と悪ってのはいつだって表裏一体と言うが……先に訊いておこう、お前はどこに行くつもりだ?」
……あん?
「どうした、浮かない顔をしているぞ」
いや、浮かない顔以前にここどこだよ?
「ここ? ここってのは今俺たちが居るこの場所のことを示しているのか? それともこの世界のことを示しているのか、或いはお前の現在状況を示しているのか……もう少し具体的な疑問で返してくれないとこちらも返答に困るんだけど」
そこまで細かく分類しないとなるとこっちも質問に困るっていうのは流石にわかってくれるだろう。
「ああ、ごめん。わからない」
わからないんかい。
「だって俺、別にお前のことに配慮して話してるわけじゃないし。いや、そもそも今現在おそらくきっと確定的に思っているお前何なんだよという疑問はもっともなものかもしれないけれど、むしろそれは此方のセリフだったりするんだ。お前はいったい誰なのか。ただ、実はこの際どうでもいいことだったりもする。究極的な話をしてしまえば、今この場における登場人物は俺とお前だけなのだから。そこに名前や個性、出自や経歴なんてつっまんねー要素は至極どうでもいい話なんだ」
俺からしたら俺とお前だけどな。
「細かいことはどうでもいいだろう?」
質問内容を細かく取り決めようって話はどこに行ったんだよ。
「どこに行ったんだろうね。そもそもここはどこだって話だったはずだけど、お前はここをどう形容する?」
どうって……はぁ。なんだろうなここ。はっきり言って判然としない。お前という存在が目の前にいて、それ以外には何にもない。そのくせ、どこまでも広がってる。宇宙みたいだ。でも、宇宙よりも何もない。
「概ね同意見。共通認識ってのはお互いのコミュニケーションを円滑にする最効率の手段だ。そしてその共通認識のすり合わせによって、今現在俺たちは同質の世界を見ていることが分かった。これは大きな収穫だ」
具体的に言えば?
「同じ地平線に立ってる。これ以上に仲良くするための理由は必要か?」
……まあ、いらないとは思うが……ただ、別に俺は博愛主義者ってわけじゃない。世界中の人間の手を繋ぐことができるとも思ってないし、世界中の人間が手を繋げば戦争が無くなるとも思ってない。むしろ、世界中の人間を転ばせてやろうって思惑で世界中の人間が手を繋ぐんじゃないかって思ってすらいる。そっちはどうだ?
「博愛主義者で大いに結構。素晴らしいことじゃないか。お互いの心臓に銃身を向けてお互いの首筋にナイフを添えてお互いの肺腑に暗器を突き立ててお互いの喉に毒を盛ってお互いの腹に爆弾を括り付けようと、顔だけは平穏平静に笑顔を装うから平和ってもんが生まれるんじゃねぇのか?」
そりゃ真理だな。平和ってのは戦争の対義語だが、裏を返しちまえば戦争をしてない時間だ。戦争をしてないだけの時間だ。
「太陽は昇るし月は沈む。太陽は沈むし月は昇る。はてさて昼と夜のどちらが平和に相応しいのだろうかね」
往々にして争いごとは昼間に起きるのが常識だぞ。人間は夜行性じゃないからな。
「だが闇討ちってのは戦時下じゃ上等の手段だぜ。あの織田信長だって死ぬときゃ夜だ」
織田信長生存説ってのもあるが?
「生憎と人は焼き討ちされたら死ぬってのが俺の中の常識でね」
毒を盛られた上に拳銃で撃たれて十数人に袋叩きにされたくせに最後の最後で捨てられた川で溺死した神父だっているんだぞ。
「ラスプーチンだろうがサンジェルマンだろうがルーデルだろうが死ぬときは死ぬぜ」
まあ、そうだろうな。
「ああ、そうだ。死んだら死ぬ。んでもって終わりだ。その先なんてない。普通はな」
……そうだな。
「大いに誇れよ。お前はツイてる。ああ、言っとくがこれは幸運って意味じゃぁねぞ? ツイてるってのはそう言う意味じゃねぇ。歩いてたら犬のクソを踏んづけちまったみたいなもんだ。おかげで使い古したボロボロの靴を買い替える言い訳ができたみたいなもんだ。だから不運ってわけでもねぇ。宝くじの一等に偶然当たったみたいなもんだ。おかげで強盗に狙われて家財から有り金から全部盗まれたみたいなもんだ」
最悪だな。
「最高だろ?」
最低最悪だ。
「何を言ってやがる“
……何が言いたい?
「例えば、の話だ。お前が当たった宝くじの一等……まあ、一億円だとして。お前は100万だけ懐に入れて残りをどっかに寄付しちまえばいい。そうすりゃ、強盗に狙われる大金持ちなんかじゃねぇし、寄付された側は急に9900万なんて夢みたいな大金が降って湧いてくるわけだ。結果、どっちも臨時収入を得られてハッピーハッピーハッピーってな」
……。
「本来は一億得られたかもしれねぇが、別に必要もねぇ一億だろ? いや、必要だから欲しいのかもしれないし、必要だから強盗なんてされるんだろうが。ただ、そりゃ突然降って湧いただけの、言っちまえば超ラッキーイベントだ。だが、普通ならそんなもんなくても生きてけるんだ。なら、一億も100万も臨時収入にゃ変わりない。その後の人生を変えるって点を除けばな。だが、本来は必要のないもののはずだ。そうだろう?」
……。
「重要なのはどう使うかじゃねぇ。降って湧いた大金にどういう意味があるかだ」
……。
「晴れ晴れな空を演出する虹は空がひりだした糞尿の後にしか咲かないだろ? 絢爛豪華な英雄の建国譚にゃ目にも当てられない略奪と屍山血河に塗れた虐殺と語ることも憚れる強姦の歴史があったのは常識だろ? 花も恥じらう乙女と美男子の婚約が銭にゲバ付いた禿親父共の食いもんになるなんて語るまでもない話だろ?」
……。
「世界は常に表裏一体だ。だが、すべてが両方の側面を兼ね備えているなんて異常事態はごくまれにしか起きない。多くの要素が多くの矛盾の裏と表に無数に存在していて、プラスとマイナスの境界線を跨いで歩くことができる“ツイてる奴”はそう居ない」
……。
「その上で訊くぞ」
……。
「ユーリ。お前は、どこに行くつもりだ?」
……俺は。
俺、は――
◇◆◇
夢から覚めた。
意味が解らない夢だった。
けれども、起きてからの方がもっと意味が解らなかった。
「あ、起きた」
「魔人族起きた」
おかしい。なぜ俺は縛られているのか。借家の縁側近くの日差しが当たりそうで当たらない畳(畳みたいな床)の上で眠っていたはずなのに、明らかに眠る前と全く違う場所にいる。
その上、目の前には金髪の子供が二人。いや、10歳の俺からしたら年上にしか見えないけれど、あどけない顔をしたエレナよりも少し年上そうな子供が、此方の顔を覗いてこそこそひそひそと話している。
いったい何が起きたのか。さっぱりわからないけれど――
「処す? 処す?」
「極刑? 打首獄門?」
嫌な予感しかしない、最悪の目覚めであることには違いない。
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