第52話 思惑と難航


「――ほー……勇者に亜人排斥と。なかなかめんどくさいことになってんだなぁ」


 そう言いながら空を仰ぐジューダスさん。彼は何かを思案するように天板をじぃーっと見つめてから、バッとこちらに向き直る。


「一応、こっちでも対応してやる。今、この国にある人間の情報は17年ぐらいは遅れてる。つっても、元々が簡単に鵜呑みにはできない話だからどうなるか……」

「鵜吞みに出来ないって……まさかとは思いますけど、僕の話が信用できないと?」

「そりゃそうだ。聡いみたいだから教えてやるが、今のところこの話を持ってきたのはお前たちだけ。それも子供だ。確証もなければ情報の裏も取れてない。だから、話しの精査にゃ時間がかかるだろうなー……」


 やはりというかなんというか、信用に値する肩書を何も持っていない俺の言葉は薄弱だと言わざるを得ない。


「時間がかかる、というと?」

「そうだなー……確か、いまこの国にある人間の情報は17年前のもんだから、まずその情報を共有するだろ? んでもって、お前の話の信ぴょう性を推察して、調査団を編成、派遣。持ち帰った情報から世界情勢の考察をして……ま、ざっと三年ってとこだな」

「確かに、かかってますね。時間が。大いに」

「これでも俺たちからしたら早く見積もった方だぜ? 実際はもっとかかると思った方がいい。それ以前に取り合ってくれない可能性だってある。むしろこっちのほうが高いぐらいだ。……ちなみに、お前の意見はどうだ?」

「はっきり言ってしまえば、微妙なラインかと。魔人族の国への襲撃が確か六年前でした。それからすぐに世界各地にある獣人族の国に襲撃を始めたとは聞いていますが、六年も時間をかけている理由が全くの不明ですから」


 俺の話を聞いたジューダスさんが、これまた面倒くさそうにぼりぼりと頭をかく。それから、あーっと声を上げては空を仰ぎ、それが終わったらまたぼりぼりと頭をかきむしった。


「まあ、とりあえず俺はこの話を上に持ってく。何か進展があるまでは大人しくしててくれると助かるんだが……」

「できることなら、俺が直接話を付けに行きたいんですけど」

「だよなぁ……」


 ため息をつくジューダスさんには悪いけれど、ことは一刻を争うのだ。既に人間の魔の手は世界全土に広がりつつある。それは、人型種族の中でも人間に次いで二番目に人口の多い獣人族が滅ぼされかけているのを見れば明らかだ。


 だけど、上手くはいかない。


「この国の連中は気が長いが、短気だ。変なことをでもしでかしてみろ。お前の孫の代まで、森人族はお前のことを覚えてるぞ」

「俺の子供の代まで亜人が滅ばなければ、ですかね」


 ジューダスさんの忠告に、必要以上の皮肉を込めた返答をした。正直に言ってしまえば俺は焦ってる。焦ったうえで、ようやく手に入れた希望の糸を手放すまいと必死なのだ。


 できることなら、早々に森人族の国との交渉を終わらせて、次の国に旅立たないと、いつ人間が亜人を滅ぼす一大攻勢に出るかわからないから。


「だよなー……なんだったか。そう、勇者だ。勇者が現れたんだよな? いやまあ、俺もその単語について何かピンとくるものがあるってわけじゃないが……とにかく、そういう連中が今、人間国に居るんだよな?」

「まあ、はい」


 あまたをかきむしりながら、繰り返すように何かの確認をするジューダスさん。俺はその意図が読めずに、ただただ言われたことに肯定することしかできない。


「勇者ってのは規格外の力を持ってる」

「少なくとも四人で魔人族の国を亡ぼせるぐらいには」

「んで、そいつらが現れたのは十年前。しかも何もない所から忽然と」

「大規模召喚っていう魔法で異世界から連れてこられたと聞いています」

「そいつらは現状、国境を越えて亜人排斥のために動いているんだな?」

「人間の町に出ればすぐにわかりますよ」


 転生前の記憶を織り交ぜ、俺は飛んでくる質問にしっかりと答えを用意した。


「……わかった。上申する際は俺も急ぐように言っておく」

「ありがとうございます」


 そう言いながら立ち上がったジューダスさんは、さっそく今の話を伝えに言ってくれるのか、家の外へと飛び出した。


 その背中が声も届かない程と奥に行ってしまう前に、彼の名前を呼んで引き留める。最後に、聞いておきたいことがあったから。


「ジューダスさん」

「なんだ、ユーリ」

「……正直に言ってしまえば、貴方がここまで話を聞いてくれるとは思ってませんでした。どうして、貴方は話を聞いてくれたんですか?」

「どうして話を聞いてくれたのか、ね。そりゃ簡単な話だ」


 家の外に出たジューダスさんは、俺の質問に振り返りながら答えてくれる。


「前々から俺も嫌な予感がしてたんだよ。ここ最近、ちっとばかしおかしなことが続いてるもんでな」

「おかしなこと……?」

「つっても、違和感っつー程のもんでもないが。とにかく、この十年間、外から同胞が帰って来てないんだ。一度も。もちろん、気の長い俺たちが20年30年姿を消すことはよくあることだから、今のところ誰も気にしちゃいないが……何かあってからじゃ手遅れだろ?」

「その通りですね」


 何かあってからじゃ手遅れ。まったくもってその通りだ。


 少なくとも俺は、母さんを殺されて初めて人間の脅威を認識したのだから。あの時みたいに、誰かが失われなければ気づけないような事態にはなってほしくない。


「んじゃま、こっからは大人に任せて、しばらくはゆっくり休んでるんだな……あ、だからと言ってただで泊ってられると思うなよ。働かざるもの食うべからずだ。しばらくしたら、仕事も頼みに来るからな。そこは子供だからって容赦しねぇぞ」

「まあ、それは当然ですね。できることなら無理のない範囲でお願いします」

「あ、家の中のもんは自由に使っていいからなー!」


 そんな風に言葉を交わしてから、ジューダスさんはどこかへと走り去ってしまう。


 そうしてこうして。


「ようやく、一安心かな」


 色々とあったものの、ようやく落ち着くことができそうだと、俺は安堵の息を漏らすのだった。


  

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