第51話 人間と森人


「人間ってぇとあれか」


 俺の言葉に、ジューダスさんが言う。


「俺たちとは比べ物にならない規模の数がいる、人型種族最大勢力」

「まあ、その通りですね」


 人型種族。

 人間をはじめとして、世界に十の種族が居るけれど、人間は他の九種族と比べて人口が圧倒的に多い。それこそ、この世界のほとんどを覆いつくすほどに。だから、亜人――すなわち、人間とそれ以外なんて区分ができている。


「人間が行っている迫害については?」

「ちょいと耳にしたことはあるな。というか、見たところお前らもその口ってわけか」

「ご明察」


 人間の迫害というキーワードさえあれば、自ずと俺たちがその迫害から逃れてきた一行であることは予想できる。クルエラの欠け耳然り、子供しかいない一団然り。


「その様子じゃ、結構深刻みてぇだなぁ?」

「深刻も深刻。既に世界に散らばる亜人九種族の内、三種族の国が滅ぼされてますからね」


 俺の話を聞いて、ここで初めてジューダスさんは目を見開くようにして驚いた。


「……というと、なんだ。難民ってのは、滅んだ国から逃げてきた、ってことか」

「その通りです。ただ、見ての通り俺は忌み子なので魔人族の国の滅びを直接見ているわけではありませんし、こちらのクルエラも捕まっていたところを助けたので、獣人族の国の滅びに関してもあまり知りません。もちろん、鉱人族の国の滅びについても」

「はー……俺が外に出ない間に、結構まあ凄惨なことになってんなァ」


 項垂れるように座る姿勢を崩したジューダスさんは、そのまま床に寝っ転がった。いぐさのように柔らかい床だ。寝心地はいいだろう。


「なあ、ユーリ。この国で一番力を持ってる奴ってのは、どんな奴だと思う?」


 寝っ転がって空を見上げて数秒後、涅槃像のようなポーズでこちらに向いたジューダスさんは、そのままの姿勢で俺に語りかけてきた。


 しかし、森人族の国で一番偉い人か。


「年長者、ですかね」


 十秒ほど深く考えてみたけれど、これと言って特に的確な答えが思いつかなかった俺は、あてずっぽうでそう言ってみた。すると、大正解とでも言うように指を鳴らしたジューダスが花丸をくれる。


「その通りだぜユーリ。この国は意外かと思われるかもしれないが、年功序列が基本だ。もちろんそこには理由がある。大きく深く果てしない、狭くて浅くてあさましい理由がな。こっちもわかるか?」

「この国の年功序列の意味について説明しろと?」

「ああ、そうだ」


 森人族の国は年功序列の社会。それがある理由――考えられるのは、森人族という長寿種族が何を重きとするのか、だ。


 血統にしろ、武力にしろ、財力にしろ、影響力にしろ、社会には必ず理念があり、そこに属する人間が求める価値がある。その価値を持つ人間こそが、社会の上に立って面舵を握る。


 つまり、彼が訊きたいのは、この国で最も価値のあるものは何か、ということだろう。


 500年は生きるエルフたちが、最も価値があると思うモノ――


「大自然、ですかね?」

「大外れだ」


 うーん、今度はしっかりと考えたんだけどな。


「俺たちが最も尊ぶのは知識だ。長く生きるとは長く死なないということ。長く死なないということは、多くのものを目にするというわけだ。その長い時間を、どれだけ有意義に生きることができたのか。それを証明する最も暴力的ではない行為こそが、知識なのだ……と、森人族のお上は考えてる」

「なんだか含みのある言い方ですね」

「そりゃな。俺から言わしてみれば、森人族の言い分は矛盾してる。矛盾しまくってる。考えてみろよユーリ、俺たち森人族は知識を蒐集し、記憶したものが偉いってぇ価値観で生きちゃいるが、見ての通り閉鎖的で排他的。自分たちの家の中に閉じこもって動きゃしない。これで何の知識を集めろって話だ」


 話の途端に饒舌になったジューダスさんには悪いけれど、話しの終わりが見えてこない。どうして俺は、人間に対する話から、森人族が抱える価値観の問題何て話にシフトしているのだろうか。


「っと、話がそれたな。俺の悪い癖でな。時たまやっちまうんだが、まあ許してくれや」

「いいですよ。人の話を聞くのは好きですから」

「心にもなさそうなフォローありがとう。んでもって、えーっと何の話だったか……ああ、そうだそうだ。森人族の価値観だったな」


 ヒートアップした語りを謝りつつ、体を起こしてジューダスさんは話しを続ける。


「森人族の価値観は知識の有無に寄っている。だから、年功序列とはいえ、ある程度の知識がありゃそれなりに認められる」

「……」


 そういえば、この国の入り口でジューダスさんが言ってたな。『そもそもお前らに俺の意見を断れる権限があるのかよ』なんてことを言って、森人族の兵士たちを威圧していた。


 つまり、この人は知識の有無が重要な森人族の国で、それなりの地位にいることになるのだけれど。


 なのに、人間の迫害についてはあまり知ら無さそうだった。


 それって――


「気づいたなユーリ」


 ニタリと性格の悪そうな笑顔をジューダスさんは俺に向けた。


「この国の知識の有無は、旧時代の間違い探しだ。古い文献を読み漁って得た知識で、今の世界を語ってやがるから、現代社会の大問題何て、閉鎖集落に居る老人たちにとっちゃ未来の出来事みたいなもんだよ」


 そこで俺は、ジューダスさんが言いたいことにようやく気付いた。


 そして思う。


 ああ、最悪だ、と。


 何が最悪なのか? そんなもの決まってる。


「世界に何があったのかは知らねぇが、机上の空論でふんぞり返ってるのが俺たち森人族だ。何を言ったところで、取り合って何てくれないぜ?」


 この国には、危機感が無いんだ。


 今すぐにでも人間が襲ってきては滅ぼされるかもしれないという、危機感が。


 

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