第50話 借家と計画


「ここがお前らの家だな。道程からわかる通り、近くにゃ森人族の家が少ねぇスポットだ」

「配慮してくれてありがとうございます」

「なぁに、ちょうどいい空き家があっただけだ。ルーズな奴らが多いからな。空き家を潰すのだって、いつだって勝手につぶれちまう方が多い」


 森人族の国に立ち入ってからさらに数十分。ガルガンチュアのこともあってか、道中ですれ違った森人族の目をすべて奪いながら続いた旅路は、国の外れにある家で終わった。


 古い日本家屋にも似ている家だ。主に木造という点で。いや、それ以外に類似点は多いけれど、そこはかとなく似ているだけで、どうにもこうにも似つかない。

 木の梁を見て、煉瓦の屋根を見て、床下に繋がる隙間を見て、い草ではない草で編まれた床を見て。それでも、たったそれだけの類似点だけで、日本建築だなんて言えないだろ?


「あ、先行っとくが土足で入るなよ? お前らには信じがたい文化かもしれねぇけどな」

「わかりましたよ」


 似てる。けれど全く違う。似たような環境で、似たような技法が使われたから、似たような家ができたのだろう。収斂したのだろう。


 そんな風に思いつつ、俺たちは家の中に入る。ガルガンチュアは外で待てだけど。


「んで、ちょっと話があるが付き合ってくれるよな?」

「もちろんですよ。空き家まで貸してくれてるんですから」


 はてさて、そう言って居間の一角に座り込んだジューダスさん。彼に倣って、俺も畳っぽい床の上に座り込んだ。


「ゆーり」


 そして座った俺の脇に手を回して持ち上げたクルエラが、座った自分の膝の上に俺を置いた。


「……何やってんだクルエラ」

「むー……」


 何も答えず、唸るように声を出すばかりのクルエラは、ぬいぐるみを扱うように俺を抱きしめる手に力を入れる。抱き絞められてる。


 ちょっと苦しいんだけど……ってマジで息できねぇ!?


「ふぁ、〈ファイアフィジカル〉、〈ブリーズ〉……!!」


 火魔法の肉体強化で強度を増幅。そこから呼吸を保つ風魔法を発動して、なんとか一命をとりとめる俺。けれども、危うく絞殺されるところだった……。


「く、クルエラ、持つ時は優しくもてって言ってんだろ」


 いくら魔人族とはいえ、肉体の強度じゃ獣人族と比較になんねぇんだぞ!!


「う、うに……ごめん……」

「首を絞めれば普通に死ぬ。わかったな?」

「うん……。わかった」

「ならいい」


 張り裂けんばかりの大声で説教をしそうになるが、ここはぐっと出てくる言葉を呑み込んだ。声を荒げたところで、俺の姿を威圧的に見せる効果しかない。そして俺は、そんなものでクルエラを攻撃したくないから。だから、しない。


「すいません、ジューダスさん」

「ん? あ、いいよいいよ。別に好きにやってくれ。見てる分には愉快だからな」


 それから俺はジューダスさんに向き直って謝ったが、ケラケラと笑って返されてしまった。なんだか、掴めない人だな。


「ま、そっちも色々と訳ありみたいだ。別段、そのお嬢さんの態度を気にするってことはねぇよ。そもそも、ここに来るまで警戒しっぱなしだったしな。そうして落ち着けるんなら、それが一番だ」

「迷惑かけます」

「失礼な奴だな。俺がその程度を迷惑とでも思うような器の小せェ奴に見えんのかよ」

「怒りの沸点がわからない……!!」


 クルエラの態度を笑って許したジューダスさんだが、俺の言葉には眉をひそめて怒りを示した。どうして?


「まあ、何はともあれだ。話をしようか魔人族」

「一応、俺にはユーリって名前があるんですけど……」

「はー、まあ確かにそっちでも呼んでも構わねぇけどよ。重要なのはそこじゃねぇだろ」


 胡坐をかいて座る彼は、長い脚を少しだけ縦にして、その上に肘をついて頬杖をする。そんな態度で、俺の目を見て、言う。


「お前はここに何かをしに来た。ただの難民には見えねぇんだよな、お前の目は。負け犬じゃねぇ。かといって勝ち馬ってわけでもねぇ。だから、教えろよ」


 まっすぐと俺の目を見て言葉は続けられる。


「なぁに企んでやがる魔人族」


 すべてを見透かされたように、俺は委縮してしまった。


 けれど。


「人間と戦うための仲間を集めています」


 その覚悟を、間違えるつもりはない。

 

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