第48話 交渉と対立


 俺たちが目指していた亜人の国は森人族の国だった。


 さて、ここで森人族のプロフィールについての詳細を確認しておこう。エレナ曰くの話であるけれど。


 森人族は排他的で同族意識が強い。魔人族程ではないがプライドも高く、九種族の中でも頭一つ抜けて長い寿命故に世代交代が遅く、他の種族とは乖離した時の中を生きているとのこと。


 外見的特徴は病的に白い肌と金髪。それと、長くとんがった耳だ。


 まあ、ここまで言えばわかると思うけど、要するに彼らは俺の前世でいうところエルフのような種族でして。


 つまりは。


「怪しい連中をこの土地に入れるほど我々は寛容ではないのだ。命が惜しいのならばすぐに立ち去ることだ。ここは貴様らの安息の地にはなりえない」


 難民として彼らの国に入り込むことはほとんど不可能ということ。ただし、この特徴は今回ばかりは俺たちに有利に働いているともいえる。


 簡単に国に立ち入ることができないのは間違いなく厄介な点であるけれども、他種族の社会から離れた森人族たちは


 特に、人間であるはずのエレナに向けている警戒が、俺たちと同等レベルなのがその証拠だ。


 いやまあ、それがどのように俺たちに有利に働くのかは、説明が難しいのだけれど。とにかく――


「そこを何とかお願いします! 行く宛が無いんですよ!!」


 取りつく島が全くないというわけではなさそうだ。


 俺たちの目標は、人間たちが行う他種族への蛮行を止めること。そのためには、人間以外の亜人九種族の王に協力を取り付け、勇者率いる人間の軍勢と対等な力を手に入れる。


 つまりは、亜人連合を作ろうとしているわけだ。そうして、人間たちに不可侵を交渉する。……というのが俺たちの考える一つの結末だ。


 結局のところ、今現在他種族に行われている迫害を止めることが最終目標なので、交渉の末にどのような着地点を選ぶのかはこの際どうでもいい。


 どのような形であれ、迫害を止めれさえすればいいのだ。


 ……燻る炎は、それを認めちゃくれないかもしれないが。


 とにもかくにも、そのためにはまずどこでもいいから一つの種族から協力を取り付ける必要がある。現状、俺は国を追われた根無し草。その実力を保証する肩書は何もなく、無銘に過ぎない魔人族の一人だ。


 となれば、どんな形であれ国や種族の指導者と接触するきっかけが欲しい。例え難民として厚かましくかくまってもらおうとも、手段を選んではいられない。


「ダメだ! 我らはこの地を千年守護してきたのだぞ! それは貴様らのような蛮人どもをかくまうためでは決してない!」


 ……うーん、大丈夫かなこれ?


 いや、普通はこうだよな。如何せん、こうした対立には慣れない。


 俺がこういった異世界についての感覚に乏しいのは、人里離れた山奥に暮らしていたからというよりも、前世に付随する日本人としての感覚が故だろう。


 だからこそ、よく考えるんだ。彼らがどんな種族なのかを――


 排他的な種族というモノは、決して理由もなく他の人間を自分たちの国から排除しているわけではない。


 なぜならば、世界のあらゆるものには理由がある。


 人がいるからには歴史があり、歴史があるからには失敗があり、失敗があるからこそ今があるのだ。


 例えばそう。他国の他種族に手痛い裏切りを受けたこととか。恩を仇で返されたりだとか。彼らからしたら、長く生きる分、他国との交流に難儀したことは多いだろう。


 だから、同じ時を生きる同胞を尊び、その輪に違う時間を生きるしかない他種族を入れない。


 大いに納得できる理由だ。


 けれども、そんな彼らの価値観に則っていようものなら、すぐにでも人間に滅ぼされてしまう。だから、俺も引くわけにはいかない。


「そこを何とか――!!」

「別にいいんじゃねーの、入れても」

「ッ!?」


 そろそろ土下座でもして懇願しようかと思い始めたところで、俺のすぐ横から声が聞こえてきた。


 男だ。羨ましいぐらいの長身に、森人族の特徴的な金髪を短く切りそろえた、30代前半に見える男が、俺のすぐ横に立っていた。


 その事実に、飛び上がりそうなほど俺は驚いた。


 それもそうだ。この男が声を上げるまで、俺のすぐ横には誰も居なかったのだから。探知魔法にも引っかからなかった。


「おーい、守衛共。俺は入れてもいいと思うぞ」

「何を言うジューダス! お前はいつもいつもそうやって我々の和を乱して……!!」

「いやいやいや、俺は別にあんたらのことを無茶苦茶にしてやりたいとか思ってねーから! 酷い誤解だよ! 俺だって、森人族のためを思って色々と考えてんだから!」

「ならば今すぐにでもそこを退け!!」

「嫌だね」


 ジューダスと呼ばれた彼こそが、俺たちの希望の光かと思いきや、なんだか不穏な感じだ。少なくとも、森人族の中では相当な嫌われ者らしい。


「そもそもお前らに俺の意見を断れる権限があるのかよ」

「ぬぐぅ……!」


 そして、それなりの権力を持った人物らしい。


「何かあれば、すぐにでも貴様の頭を射抜いてやる!」

「おうおう、物騒だね~、怖い怖い。ま、好きにしてくれいいさ、俺もそうするから」


 その言葉を最後に、俺たちを取り囲んでいた反応は、探知魔法から消えた。残されたのは一人だけ。


「さぁて、自己紹介と行こうか」


 唯一、俺たちの前に姿を現したこの男だけだ。


「俺の名はジューダス。んでもってここは森人族の国の端っこだ。ま、歓迎するぜ行きずりの魔人さんよ」


 

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