第47話 森人と遭遇


「止まれ!!」


 そんな声が聞こえてきたのは、逃避行が始まってから二週間が経とうとしていたある日だった。


「誰だ?」

「次に喋ったら貴様らの頭を射抜く。動いても、だ。命が惜しければ不用意なことをせず、此方の言うことを聞くんだな」


 男の声。それも大人。


 はてさてこれは困ったぞ……なんてわざとらしすぎる。なにせ、この何者かが潜んでいることに関して、既に探知魔法でわかっていたのだから。


 その上で俺は、わざとらしく声を上げられて気づいていることを装っているのだから、わざとらしすぎる。


「……わかった」

「喋るなと言っているだろう!」


 了承の言葉も許されないのかよ。喋るなという言葉の範囲の広さに思わず辟易としてしまう。


 いやまあ、この世界じゃあ魔法がある関係で、口さえ動かせれば戦えるのだ。仕方のない話か。


「よし、そのまま手を挙げろ」


 ちらりとこちらを見るのはエレナ。従っていいのか不安なのだろう彼女に対して、俺は特に何も言うことなく、ただただ相手方の指示に従って手を挙げた。


 ユーリがそうするのなら、という声が聞こえてきそうな顔をして、彼女もそれに従う。ちなみにクルエラはどういうわけか身を低くして俺の後ろに隠れている。手は上げてない。


 というか、明らかに俺の方が背丈が低いってのに、どうして隠れられると思ったのか。


「おい、そこの女! お前も手を挙げろ!」

「うぅー……」

「おい!」

「しゃー!」


 クルエラは頑なだ。威嚇するように唸り声を上げる彼女の顔は、生憎と俺には見えないけれども。相手方の声に従うような意向は感じ取れない。


「……まあ、いい」


 そんなクルエラの態度を見かねてか、声はすんなりと諦めた。意外と適当だなおい。

 なんて思ってみるけれども。なにはどうあれ、主導権はあちらにある。何しろ、探知魔法でその存在に気付けたとはいえ、視覚的に見れば敵がどこにいるのかわからないのだ。


 少なくとも、今の態度からは何があったとしても大丈夫だという、相手方の自負が感じられた。


 ちなみに、ガルガンチュアは伏せの姿勢でじっとしている。賢過ぎないだろうかこの魔物は。


「質問に答えろ! お前たちは何者だ!」

「難民だ、故郷を追われて彷徨ってる!」

「……その後ろの魔物は何だ!」

「故郷のしきたりで飼いならした魔物だ! むやみに人を襲うことはない!」


 嘘はついてない。嘘はついてないぞ。


 難民は事実だし、故郷を追われて彷徨っているのも正しい。後ろの魔物も、母さんの教育の一環で飼いならした(友好を結んだ)魔物だ。


 むやみに人を襲うことはない……はず。


 うーん、何回か俺、こいつに食われかけてんだよなぁ。甘噛みだけど。体が三メートルもあるせいで、端から見たら捕食にしか見えないんだ。


「目的は何だ!」


 不思議なことを聞いてくるもんだ。難民なのだから、この移動の目的などたかが知れているはずなのに。


 と、言いつつも俺は傍から見た自分たちの評価を考える。


 人間と魔人族と獣人族。全員が子供で、しかもリーダーは一番年齢の低い俺だ。その上、獣人族は痛々しい傷が刻まれており、尚且つ威圧感のある魔物まで引き連れている。


 得体が知れないにもほどがある。


 だから俺は、身の潔白を証明するためにも、誠実にその言葉に応える。


「人間に土地を追われてここまで来た! この子はその際に逃げる手引きをしてくれた協力者だ! 敵意はない! 俺たちは安住の地を探している!」


 ただし、本当の目的は言わない。どうせ、ここで言ったところで信用なんてしてくれないだろうから。


「……」


 さて、俺の言葉に対する返事には間が空いた。何を考えているのか、それとも何かを話し合っているのか。一分、二分と時間だけが過ぎていき、三分を回ったあたりで、ようやく言葉が返ってくる。


「……ここより先は森人族の地だ!」


 森人族。その名を聞いて、俺の目は輝いた。


 彼らが人間ではないことは最初からわかっていた。なにしろ、魔人族や獣人族を見ても即座に攻撃を仕掛けてこなかったから。


 だから悠長にこうして話していたわけで、おかげで俺たちは二週間の旅路の結果を知ることができた。


 たどり着けたのだ。東の亜人の国に。


 しかも、相手は森人族。


「厄介事を持ち込むのならば引き返せ!!」


 九つある亜人種族の中で、魔人族に次ぐ魔法の腕を持つ種族である。

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