二章『箱庭の異端児』

第46話 旅路と目的


 木漏れ日が落ちる森の中。


 しゃわしゃわしゃわと、セミのような騒がしい声が聞こえてくる。


「ばっちこーい!」

「いく……!!」


 そんな森の少し開けた盆地にて、ちょうどいい長さの木の棒を持った二人の少女が向かい合っていた。


 エレナとクルエラだ。


 2歳ほどしか差がない二人であるけれど、やはりそこは育ち盛りの年齢だ。それに、平均的な人間よりも少しばかり体格のいい獣人族と比べてしまえば、子供同士の対戦でも大人と子供としか思えないような体格差がある。


 それでも、エレナは果敢に木剣を手にクルエラに挑みかかった。


「てぇやぁああああ!!」


 勇猛なれどその突撃は威圧に欠ける。


 だが。


「うわー!」


 病み上がりと言っても差し支えないクルエラに獣人族本来のパワーが発揮できるわけがなく、二人の剣戟は何とかその体裁を保っていた。


 そんな二人を見ている俺は、ガルガンチュアを背もたれにして寛いでいる。すると、ぶふぅと言った鼻息と共にガルガンチュアが何かを伝えようと声を出した。


「がうっ」

「どうしたガルガンチュア」

「がうが……がうっ」

「……うーん、わからん」


 ただし、俺に魔物の言葉がわかるわけもなく。そのままガルガンチュアのつぶやきは理解できぬままに空に消える。


 そんな風に過ごす午前の時間。


 日付は……ちょうど家を発ってから一週間が経過したぐらいか。


「追手は来ないな」


 現在、俺たちは逃避行の真っ最中。亜人排斥派の人間に掴まらないように必死になっているところである。


 なぜ追われているのかと言えば、俺たちが彼らの英雄を殺したから。――と、考えていたのだけれども。


 なんだか様子がおかしい。


「追手がこなさすぎる気がするな」


 少女二人の剣の稽古を背景に思考に耽る。


 現在、俺の知る人間は魔人族、獣人族、鉱人族の三つの種族の国を滅ぼし、最終的にはこの世から亜人をすべて排斥し、人間だけの世界を作ることを目的に動いている。


 特に獣人族は世界中に分布し、いくつかの大きなコミュニティを持っているので念入りに殺戮されたとのこと。


 ちょうど、クルエラの故郷もその一つだったらしい。


 四年前に故郷を失った彼女は、少数の仲間と共に別の獣人族コミュニティを目指して旅をしていたという。大人たちは虐殺され、残った年端もいかぬ子供だけで、何百キロもの旅路を歩んだ。けれど、最後の最後に行きずりの勇者にその旅程を補足され、拘束されたのが半年前のことだ。


 その後何をされたかについては訊かなかった。彼女の欠けた片耳と、失われた尻尾を見れば自ずとわかることだから。


 ともあれ、そうした獣人族たちの犠牲があったからこそ、未だ亜人と人間の決着がついてないともいえるのだけれども。


 というのも、先ほども言った通り世界中に獣人族は居る。そして、勇者たちの力は強大なれど、そのすべてを一瞬にして駆逐できるほどのものではなかった。


 しかし、貴族の要請か国家的な作戦か、虱潰しに獣人族のコミュニティを潰しまわることになった彼らは、結局魔人族の国を滅ぼしてからの数年間を、世界中を飛び回って獣人族を潰すことだけに費やしてしまったのだという。


 なので、最初に攻撃された鉱人族、そして人間連中から危険視されていた魔人族を除き、他の種族の国はまだ攻撃されていない。もちろん、いつ攻撃されるかもわからないけれども。


 獣人族という犠牲があったからこそ、他の種族たちは人間たちと事を構えるに至ってない。


 ただし、それは彼らの国の中での話。その外――人国内での亜人差別は激烈なモノで、見つけ次第即刻殺害か、奴隷として捕獲されてしまうのだとか。実際、クルエラもそうして奴隷に落ちたのだし、前の町で俺を見た人間たちは手に武器をもって殺しに来ていた。


 そんなこともあって、人間の多くは亜人に対して敵対的。特に、その象徴たる勇者なんかは、国境を超えて英雄とされる人間だ。


 そんな人間を、俺は殺した。


 亜人に英雄は殺された。


 と、言うのに追手がかかる気配がない。はっきり言って、俺たちの移動速度は早いとは言えない程度。何しろこちらは子供三人に魔物一匹。それらが協力して、なんとかかんとか森の中を移動しているのだ。


 十中八九、人間が放つであろう追手のスペシャリストの追跡の方が早いに決まっている。


 なのに、俺の探知魔法にはそのような存在が一切引っかからないのだから、意味不明なのだ。


 なんだか嫌な予感を感じざるを得ない。


 例えば、そう。


「勇者は死んでない……?」


 『勇者を殺した犯人』と『行方不明になった亜人』では、捜索の重要度は大きく変わるだろう。それこそ、後者ならば追手が俺たちに追い付いていないのにも納得できる。


「……考え過ぎか」


 とはいえ、俺が殺した勇者チナツは半身が欠けた上に、更には上半身をガルガンチュアにぺろりと平らげられてしまったのだ。あの場に残った下半身も燃やしたわけだし、そこまでして生きてるだなんてありえない。


 ともかく今は。


「おーい、二人とも。そろそろ稽古を止めろ。移動するぞ」

「りょうかーい!」

「わかった」


 クルエラの言った、東の亜人の国を目指すとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る