第44話 準備と出立
「……こんなもんかな」
帰郷から二日が経った。
俺たちはこの二日間、勇者チナツとの戦いの傷を癒しつつ、針路を東に向けた旅路のための準備をして過ごした。
その際、改めて家の中をひっくり返すような大整理を行った。というのも、囚われの身だったクルエラをいつまでも裸のような襤褸切れのままにしておくわけにはいかなかったからだ。
14歳の彼女の体格は年齢にそぐわずかなり成熟していて、俺はもちろん、エレナの着替えも入らない。なので、母さんのお古をあげることにした。
それが二日前の夜のことだ。
さて、では昨日は何をやったのかと言えば、三人で協力して旅の準備をしていた。
「エレナー! そっちは問題無さそうか?」
「うん、問題ないよ! あとはこれをガルちゃんに乗せれば……」
「がうっ」
「きゃっ! ……ご、ごめんガルちゃん。まだ慣れてないから顔はこっちに向けないでぇ……」
「がうぅ……」
旅の準備、と言っても色々ある。特に、今回の旅路にはガルガンチュアを連れて行くこととなったのでなおさらだ。
三メートルを超える体長のガルガンチュアは、いろんな意味で目立つ。そのため、以前までの人間社会に溶け込む旅路には連れていけなかったが――今回は違う。
人間社会から逃げ、九種族を助け、彼らから協力を取り次ぐための旅。仲間は多い方がいい。
他にも、ガルガンチュアを連れて行く理由はある。間違いなくこの森には、勇者を殺した俺たちを追う、人間の捜索部隊が派遣されるはずだ。母さんを殺した連中のようにな。
そんな奴らとガルガンチュアが遭遇すれば、殺されてしまうことだろう。だから連れて行く。後悔はしたくない。
「しかしクルエラ。よくもまあ一日でガルガンチュア用の荷鞍を作ったな」
「つかまえられるまえは、ぱぱのしごとてつだってた」
もちろん、旅に同行するからにはガルガンチュアにも馬車馬のように働いてもらうつもりだ。馬車馬と言うか、荷馬と言うか。
その大きな体と魔物の怪力を存分に発揮してもらい、旅の荷物を運ぶのが一先ずのガルガンチュアの役割だ。そのために、たくさんの荷物を積める荷鞍も用意した。
ちなみに、ガルガンチュアの荷鞍を作ったのはクルエラだ。捕まる前は革職人の家に生まれた彼女は、父の仕事を手伝っていたために裁縫が得意だと言っていたが――それにしても得意過ぎる。
元々は家の奥に死蔵してあった馬の鞍を改造してガルガンチュア用の荷鞍に、たった一日で仕立て上げたのだ。もしも彼女が革職人を継いでいたら、それはもう歴史に名を残す職人になっていたかもしれない。
「一応聞くが、そのぱぱってのは……」
「しんだよ。ころされた」
「そうか」
しかし、その未来は人間たちの手によって奪われた。酷い話だ。
「でも、だいじょうぶ。いまは、ゆーりにであえたから」
「俺は代わりになれないけどな」
ぎゅっと、彼女は何も問題ないかのように俺を抱きしめるけれど、大丈夫なわけがないだろう。家族を奪われたんだ。少なくとも、俺は許せそうにない。
「おい、どさくさに紛れて持ち上げるな」
「いいじゃん。ゆーりちょうどいい」
いや、どっちかということこれ、またもや俺をぬいぐるみみたいに抱き上げたかっただけだなこいつ。くっ……素の身体能力じゃ獣人族には逆立ちしたって敵わないんだぞこちとらはよぉ……!!
「がうっ」
「……準備はできたみたいだな」
「うん、ばっちオッケー!」
そうしている間にも、保存食や着替え、あとは家の奥にあった野営用の道具などなどを積載して、ガルガンチュアは旅の支度を終えていた。
「それじゃあ、最後の挨拶だな」
俺がそう言うと、今度は素直に放してくれるクルエラ。流石にこういう時ばかりはわきまえているみたいだが……不満気に「う~」と唸っていた。
それを無視して、俺は母さんの墓の前まで歩く。
「……いつか、また戻ってくるよ。本当はこんなに早く戻ってくるつもりはなかったんだけどな。とにかく、次に戻ってくる時まで、寂しくさせると思うけど……病気にだけはならない様に気を付ける」
旅に出たら数年は戻ってこれないはずだ。その間、人間がこの場所に来てここを荒らすかもしれない。それでも、母さんの墓だけは荒らされないように備える。
「霧魔法〈ミストシャンデリア〉」
辺り一帯を覆い隠す霧の魔法を、俺は結界のように家の周りへと掛けた。これで、下手なことがない限りこの家が知られることはないはずだ。最低でも、数年は外からここに家があるのことなどわからない。
「それじゃあ、母さん。行ってきます」
最後にそう言い残して、俺は旅立った。
目指すは東。まだ人間に滅ぼされていない亜人の国。そこで、その国の王に協力を取り付ける。人間に対する力を身に着ける。
そして亜人の迫害を止めて。
勇者を殺す。
旅路はまだ、始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます