第42話 帰郷と苦痛


 チナツを倒し、ガルガンチュアと合流した俺たちは、急いで戦場から離れて、目的地である森の奥の隠れ家こと、俺の家にまで来た。


「へぇー、ここがユーリが育った場所かー!」


 俺の家に訪れたエレナは、静けさばかりが広がる森の中の一軒家を見回してから、感慨深そうにそう言う。


「特に何があるわけでもないけどな」

「そうかもしれないけどさ! でもでも、私からしたら感慨深いんだよ!」

「そういうものなのか……」


 薪割りの台座だったり、天日干し台だったりなんだったり、今もなお二週間前のままで残されているそれらを見回す彼女は、それはそれは楽し気だ。まあ、エレナはハドラで生まれた生粋の町育ち。前世でいえば、都会暮らしが田舎に憧れるようなものなのだろう。


 実際俺も、ハドラは何もない所だったけど、西洋文化にも似た異国情緒は二週間居ても飽きることのないテーマパークのようなものだったし。


 さて。


「なあクルエラ」

「んー……なに?」

「そろそろ降ろしてくれないか?」

「やだ」


 折を見て俺は、先程からまるでぬいぐるみを抱きかかえるように後ろから俺を持ち上げているクルエラに降ろすように伝えた。しかしだめ。むしろ、背中から手を回す彼女は俺を抱きしめる力をより一層強くする始末。


 つい数時間前までへろへろのボロボロだったはずなのだが……いったいどこにこんな力があったのか。


 そう言えば、彼女は獣人族だったか。獣人族は獣のような力強さを持つ戦士の種族。回復力も段違いということなのだろう。


「そういえば、クルエラ」

「はなさないよ」

「違う違う」


 気になることが一つあったから、またクルエラを呼んでみると、絶対に手を離さないという強い意志をぶつけられてしまう。まあいい。この際、ぬいぐるみのように扱われることはもういい。諦めた。


 では何を訊きたかったのかと言えば。


「なんで俺が暴走した時、お前は俺の方に走って来たんだ?」


 俺が暴走したあの時、周囲を消し炭に帰る黒い炎の羽根をまき散らかす大惨事の中で、どうしてクルエラは俺の方に走り出したのか。おかげで俺は正気を取り戻すことができたけれど、そればっかりはどうにも腑に落ちないのだ。


「んぅ……んと……」


 返答に躊躇う彼女は、答えにくいというよりも、どう言っていいのかわからないと言った様子。


 それから十数秒。長い長い沈黙の後に、絞り出すようにして彼女は言う。


「くるしそう、だったから」

「苦しそうねぇ……そういや、あの時もそんなこと言ってたよな」


 暴走した俺を止める時も、クルエラは言っていた。くるしまなくていい、と。


「苦しそうに見えたのか?」

「すっごいこわかった」

「ああ……そうなんだ……」


 クルエラ曰く、暴走中の黒に染まった俺はそれはもうとてもとても怖かったらしい。じゃあなぜ、恐ろしい俺の方に来たのかともう一度訊いてみれば。


「くるしそうだったから」

「わかんねぇなぁ……」


 とまあ、会話がループしてしまう。恐ろしいのに苦しそう。だから飛び込んだ。そうした方がいいと思ったから。


 野生の勘とでもいうかのようなクルエラの返答に、俺は頭を悩ませることしかできなかった。


「それで、ユーリ。これからどうする予定なの?」


 そんな風にクルエラに抱きかかえられたまま話していると、満足するまで家を見て回って来たエレナが戻って今後の予定を訊いてくる。


「どう、っつっても決まってないな。とりあえず、今日一日はここで過ごす予定だが……明日には別の場所に出立する必要がある」

「そりゃなんでさ」

「おって?」

「そう、追手。クルエラの言う通りだ」


 チナツとの戦闘の疲労を癒すために、今日はしっかりと休息をとるためにこの家に留まる必要はあるだろうが……明日明後日もここに居るわけにはいかない。


 その原因は追手だ。


「話したと思うが、俺が森の外に出たのは魔人族討伐に来た人間に母さんを殺されたからだ。つまり、探そうと思えば、追手はここまで来る。それも、勇者を殺した俺たちを捕まえるための追手がな」


 この家はあくまでも親子二人が暮らすためだけの家であって、要塞のような防衛設備が整ったような場所ではない。戦力といえるような戦力はガルガンチュアだけだろう。


 対して、予想される追手の戦力は、勇者を殺した俺たちを無力化できる前提で組まれるはず。迎え撃つにしても、逃げるにしても、先手を取って動かなければ為すすべなく殺される可能性が高い。


 なら、出来るだけ早くここから退散して、別の場所に旅立った方が賢明だ。


 しかし――


「だからといって、行先が決まってるわけじゃねぇんだよなぁ」


 勇者を殺した手前、人間社会に復帰するのは絶望的だ。霧魔法で俺の顔は隠していたし、エレナなのことも知られていないだろうけど……生憎と、クルエラばかりはあの場にいた大衆全員がその顔を確認している。


 さらに言えば、霧魔法だってバラズさんが簡単に見抜いていた以上、過信することもできない。


 バラズさんやリーデロッテさんが通報するとは考えたくないけれど……彼らの立場を考えれば、迫られて白状してしまうのも仕方がないしな。


 そんなわけで、俺たちは行先に困っている。

 というか、俺がハドラの町で立てていた予定も総崩れだ。高等級冒険者になって勇者に面会するなんて、夢のまた夢となってしまった。


 そんな折、ぽつりとクルエラが呟いた。


「……ひがし」



 

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