第41話 絶望と懇願
「あー……随分と、派手にやったみたいだな、俺……」
「ユーリ……!! ユーリ!!」
朧げな記憶を手探りで振り返りつつ、抱きしめてくれた二人を見る。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、嬉しそうに俺の名前を繰り返すエレナ。その横で、変化に乏しい表情のクルエラが心配そうにこちらを見つめている。
二人に向けて、俺は言う。
「ありがとう。俺のことを、止めてくれて」
未だ黒く染まった時の記憶はあいまいだ。それでも、俺が何をしたのかは、がらりと様相を変えた森の惨状が教えてくれる。
まあ散々に暴れたらしい。
「っと、流石にそろそろ離れてくれエレナ」
なにはともあれ、勇者との戦いは終わった。ただ、ここでの激闘の余波が森の外に届いている可能性は高く、時間が経てば誰かが来るはずだ。その前に、さっさと森の奥へと移動しなければならないだろう。
そんなわけで抱き着くエレナに離れてくれと頼むが、
「やだ」
「えぇ……?」
断られてしまう。
クルエラの方は既に離れているが、流石に抱き着かれたまま移動するのは難しいので、離れてもらわないと困るんだが。
「じゃあ、わたしも」
「クルエラ!?」
離れようとしないエレナを見てか、クルエラが再び俺に抱き着いてきた。
「ちょ、離れてくれ二人とも」
「やぁだ!!」
「なんでだよ!」
「だって、だって! 離れたらまた暴走するかもしれないじゃん!」
「ああもう、弁明しにくい所を突きおってからに……!!」
暴走の原因がはっきりとしない以上、エレナの言う通り離れた瞬間に暴走する可能性だってあるけれど。だからといって、そんなすぐに暴走するわけないだろ普通……ないよな?
「楽しそうじゃん」
「……誰だ」
その時だった。
俺たちのものではない声が聞こえてきたのは。
「あーあ、やってみるもんだね。こういうの。いや、ほんとだったらクソほどやりたくなんてなかったんだけどさ」
しかもその声の主は――
「はぁい、チナツちゃんだよ♡」
死んだはずの勇者チナツだった。
「なんでお前が生きてっ……!!」
「は? わかんねーの?」
俺は急いで立ち上がり、チナツに向けて構え――そして、その姿を見て言葉を失った。
顔と上半身の左半分、そして右腕が欠けた彼女は、明らかに死んでいるような状態なのに立ち上がっていたのだ。怪物のような牛を使役したり、魔法でもない力で死肉を操ったりと、無茶苦茶なことをしていた勇者チナツだったが……流石にこれはないだろう。
即死したはずなのに、生き返るだなんて。
いや、違う。
生き返ってなんかいないんだ。
「死んだまま……動いてるのか……?」
「それ以外に何があるんだっつーの」
死肉を操るチナツの異能。それを使って、彼女は動いているんだ。死んだ自分の体を操ることで、動いているんだ……!!
「狂ってる……」
俺の言葉に、チナツは笑った。
「私たちが、狂わずにいられるわけないじゃん」
そしてそのまま、彼女は天に向かって叫ぶ。
「〈
死肉を混合する彼女の異能。それが発動されたかと思えば、辺りに飛び散ったグロテスクな肉片たちが、彼女の体と絡まり合い、失われた右腕と、武器となる槍を作り出した。
「チッ、こんなもんか……まあ、しゃーない」
異形のミノタウロスを思い返せばあまりにもミニマムな規模の力ではあるけれど、死んだ体を操りながら使っているのだ。力が弱くなっても仕方がない。
「くっ……〈ライトニング――っ!?」
抵抗しようと、俺は数少ない攻撃的な魔法を発動しようとするが――がくりと、地面に膝から崩れ落ちた。
おそらくは、黒く染まって暴走した反動だろう。魔法もまともに発動できない。どころか、体もまともに動かない。
動くことも、守ることもできない。
「は、ははは、あっけない幕切れね! じゃあ、生まれてきたことを後悔しながら死ね!!」
「させるかァ!」
振り下ろされるチナツの槍。だが、その槍が俺へと届く前に、間に割って入った剣が防いだ。
「え、エレナ!」
「こ、今度は……私が、ユーリを守る番……だから!!」
剣を抜いたエレナが、チナツから俺を守ってくれたのだ。しかし、それもわずかな間だけ。腐っても勇者。その力は世界に名を轟かせるだけはあり、つい数日前に銅等級冒険者になったばかりの少女が敵うものではない。
剣で防いだそのままに、エレナは力押しで吹き飛ばされてしまう。
「邪魔すんじゃねぇよ!! お前が! お前ら如きが! 私の邪魔をすんじゃなァあああああい!!」
だが、その行為はチナツの怒りに触れてしまった。槍の矛先が俺からエレナへと移る。
「やめろ!! やめてくれ!!」
懇願するように俺は叫ぶ。だが、敵であるチナツに届くわけがなかった。
「死ねドカスがァ!!」
吹き飛ばされたまま地面に転がったエレナの体勢が整わないままに、矛先を向けるチナツがエレナの元へと走り出す。その槍が、エレナの体を貫く――
――やめてくれ。
懇願する。
――助けてくれ。
泣きわめく。
誰でもいいから、エレナを――
俺のかけがえのない仲間を――
大切なものを――
「これ以上、奪わないでくれ……!!」
「がう」
その時、俺のすぐ横を見覚えのある白い狼が過ぎていった。
「お前は……」
その白い狼は、俺の友達。
この世界で出来た、初めての友達。
「な、なんだこの犬は!」
「がうっ!!!」
その白い狼は目にもとまらぬ速さで戦場を駆け抜け、チナツへと襲い掛かる。
「来るなァ!!」
突如として現れたそれに背後から襲われたチナツは、エレナを襲おうとした足を止めて、白い狼へと槍を向ける。だが、白い狼が巨大な前足を振るえば、向けられた槍はぱしんと弾かれてしまう。
「やめろ、クソッ! クソッ! 私が、こんなところでぇ!!」
槍を失ったチナツ。それでも彼女は拳で抵抗しようとするが――死にかけの彼女が相手にするには、その狼はあまりにも巨大すぎた。そして、
「がう」
ぺろりと、彼女の上半身を食いちぎって平らげてしまった。
それから、何でもないかのように踵を返して、白い狼は俺の方へと歩いてくる。二週間ぶりの、懐かしい声で。
「くぅん」
ガルガンチュアは、俺を助けてくれた。
「ガルガンチュア!!」
「がう」
「お前っ……お前……助けて、くれたんだな……っ!!」
「がうっ!」
最後の最後。
どうにもならないと絶望した。
そんなときに現れたガルガンチュアが、死力を尽くした敵にとどめを刺してくれたのを見て。
俺たちを助けてくれたのを見て。
まるで死んだ母さんが助けてくれたように、俺は感じた。
※―――
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